今、ここに在ること  by (宰相 連改め)みなひ




ACT8

 予想外の事だった。
 あいつは日々の体術にも屈せず、俺に食らいついてくる。
 わからない。
 どうして俺の水鏡候補を、降りようとしないのか。


「うわっ!」
 俺より一回り小さな身体がふっとんだ。演習場の外へと向かっている。茂みに突っ込んで止まった。
 やりすぎたか。
 自嘲に顔を歪めながら、大穴の開いた茂みへと向かう。手加減する間はなかった。とっさにくり出した蹴りは、任務時と変わらぬものになっていた。
 大丈夫だろうか。
 蹴った時の手応えでは、骨の折れた感触はなかった。おそらく蹴りと同じ方向に飛んで、衝撃を逃がしたのだろう。普通に俺の蹴りが当たっていたら、折れた所ではすまない。
 まずいな。思ったより成長が早い。
 心の中で舌打ちした。碧の学び舎での成績を調べた所、学科こそ最下位だったが、実技はトップクラスの成績と言えた。だからこそ非協力な態度と実力の差を見せつけて、早めに諦めさせてしまおうと思っていたのに。どうもうまくいかない。

 和の国では鬼子と言われる容姿だ。
 生半可な根性など、持ち合わせているわけないか。

 妙に納得していると、ボキボキ折れてる茂みから、葉っぱまみれの金髪が出てきた。
「あーっ、今の効いたなー。ちっくしょう!」
 碧は泥だらけの服をバンバンとはたき、ぶるぶると身体を振った。まるで犬猫がするみたいに。身体の動きに合わせて、葉っぱがばらばらと落ちる。茂みの小枝でやられたのか、顔や手足が傷だらけだった。
「今日は終わりにしよう」
 頃合いだと思って言った。日はとっくに暮れている。さっさと家に帰して、手当てをさせようと思った。
「えーっ、ようやくノって来た頃なのにっ」
 口を尖らせ碧が言う。こめかみが痛くなった。本当こいつ、自分のことしか考えてないな。
 幼かった日々の事を思いだす。あの時もそうだった。勝手に俺の前に現れて、しつこく毎日つきまとってきた碧。最初は疎ましくて、罠か何かだと思っていたあいつとの逢瀬が、楽しみになっていたのはいつ頃だったろうか。
 楽だった。
 俺のことなど考えていない、自分の気持ちだけで会いに来る碧が。
 打算も策略も何もない、「会いたい」だけの素直な気持ちが。
 何よりも俺を、楽にさせた。
「もう暗くなってきた。頃合いだろう」
「そのまま夜間訓練にすりゃ、いいじゃん。もうちょっとしたら、いい線行きそうなんだからさ」
 あっちこっち血の滲んだ身体で、碧が言う。俺はため息をついた。さて、どうしようか。
「まあまあ、そのへんでいいんじゃない〜?」 
 逃走して撒いてしまおうかと思っていた時、銀生が現れた。やっと出て来たか。 
「あーっ、銀生さん。どこ行ってたのー?」
「秘密」
「ずるいのーっ。今日、全然顔見せなかったくせに」
「俺だって忙しいのよ。なんせ、有能だから」
「ふーん、ま、いいけどさ」
 うまく誤魔化している。まあ、あのくらいで誤魔化される、あいつが単純なだけかもしれないが。
「ねえねえ銀生さん、おれ達、もうちょっと訓練しちゃだめ?」
「そうだねぇ。俺は全然構わないんだけどさ、いろいろとうるさい奴がいるから。今日は帰って休みなさいよ」
「ええーっ」
「その代わり、明日から気の同調訓練、始めるからさ」
「えっ、本当?やったー!」
「銀生!」
 慌てて言った。何を勝手なことを。銀生がちろりとこちらを見る。
「だってそうでしょ」
「何」
「今の蹴り、本気だったじゃない。碧もうまく衝撃を減らしてた。もう十分、体術的にはお前の相棒こなせるよ。違う?」
 指摘に反論できなかった。それは事実。
「体術が追い付いたんだったら、次は『気』でしょ?それに『術』が追い付いたら、決まりじゃない」
「そっかー。じゃ、第一段階突破、ってとこだなっ。決まり決まり」
 嬉しそうに碧が言う。俺はそれを忌々しく感じながら、
「まだ決まってないっ」
「決まったよー。昏ったら、負け惜しみ言っちゃって」
「うるさい」
「あ、怒ってるー。図星だったんだー」
「いい加減にしろ!」
 銀生に手を取られている間に、ぽつりと碧が言った。
「なんか、はら減っちゃった」
「えっ」
「もう帰るよ。じゃなっ」
 くるりと背を向け、金の頭が走り去ってゆく。呆然とそれを見つめた。
「相変わらず、振り回されてるねぇ」
 諦めて向き直ると、にやにやと銀生が笑っていた。俺は憮然と黙り込む。
「お前さ、真面目すぎんのよ。適当に言って、追い返しちゃえばいいじゃない」
「できるか」
「どうしてー?たかが『水鏡』候補でしょ?『体術』なんてメンドクサイことしてないで、手っ取り早く潰しちゃえばいいじゃない。簡単でしょ?」
「お前と一緒にするな」
 ぎろりと睨み付けた。愉快そうな視線と目があう。ぎりりと奥歯が鳴った。
「『嫌』だったら潰す。それでいいじゃない。お前、大義名分にこだわり過ぎよ。手足の二、三本でもへし折って、本当に使えなくすればいい。生ぬるいのよ」
「誰だ!」
 振り向きざま衝撃波を投げた。ばさりと茂みが削がれる。誰だろう、一瞬感じた気。確実に殺気だった。
「逃げたか」
「銀生、気付いてたはずだ。どうしてわざと煽ることを言った」
「どうしてって、その方が手っ取り早いでしょ?近々、仕掛けてくるよ」
 にやりとさも楽しそうな笑み。苛々と俺はそれを見つめた。敢えて敵を作るなど、何を考えてるか分からない。
「ともかくさ、あっちは俺が受け持つから。おまえはあの子を何とかしなさいよ。諦めて『水鏡』として育てるもよし。潰すならさっさとね。でないとあの子、『本物』になっちゃうよ」
「わかっている!」
 苦々しく吐き捨てた。そんなこと、お前に言われずとも俺が一番よくわかっている。
「そうそう、さっきまでいた誰かさんの前では言わなかったけどさ。潰し方にもいろいろあるから。別に外傷じゃなくても、もっと効果的なのもあるよ。わかるでしょ?」
「何だと」
 嫌な予感を感じて見やる。俺の監視役は言った。 
「ヤッちゃえばいいのよ。それだと、お前にとっても一石二鳥でしょ?」
「黙れ!」
 砕破術を放った。銀生の姿が消える。転移で避けたか。
『お前は我慢し過ぎるのよ。邪魔なら消せばいいし、欲しいなら奪えばいい。無駄に我慢したって、いいことは何もないよ』
 遠話。頭の中に響いてくる。耳を押さえたくらいでは防げないそれを、俺は唇を噛み締めて聞いた。
 いいこと、だと?そんなこと俺にはなかった。たった一つのあいつだって、巻き込まれて取り上げられようとしている。
「・・・・・畜生」
 震える拳を握りしめ、俺は一人、吐き捨てた。


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