今、ここに在ること  by (宰相 連改め)みなひ




ACT13

 何を言い出すかと思った。
 せっかく昏との生活にも慣れ始め、あいつのいろんな部分を知り始めていたのに。
 昏はいきなり、おれに他の奴と組めと言った。組んで「御影」に入れと。そうできるように、自分が取り計らうと。
 そんなあいつの申し出を、おれは迷わず断わった。


「どうしてだ」
 一瞬、大きく目を見開いた後、昏は訊いた。
「どうしてって、こっちこそ聞きたいぜ。なんでだよ」
「何がだ」
「わかんないのかよっ。なんで、おれじゃダメなんだ」
 苛々と聞き返した。納得できない。せっかく家に入れたのに。せっかく一緒に暮らしてるのに。せっかくお前のこと、知り始めてるのに。
「おれがこんな姿だからか?おまえもおれが疫病神とか思ってんの?」
「違う。外見は関係ない」
「だったらいいだろっ!」
 反射的に叫んでいた。どうしてだろう、わけもなく怒りが湧いてくる。出口を見つけられない憤りが、体中で暴れていた。
「落ち着け。俺はお前だから務まらないと言ってるんじゃない。俺の水鏡は、どんな奴でも無理だ」
「それ、誰が決めたんだよ」
 くやしかった。おれは努力しているのに。おまえに近づこうとして、少しずつ近づいていってるのに。急に切り捨てようとするあいつに、腹が立って仕方なかった。
「・・・・俺が決めた。俺の力をコントロールできる奴は、同じ『昏』しかいない。同族以外では危険すぎる」
「だから、どうしてお前が勝手に決めんだっ!」
 納得いかなかった。コントロールできるかどうか、危険かどうかはやってみないとわからない。上だってその為に、おれ達がうまくやっていくための研修期間と、監督役の銀生さんをつけたんじゃないのか。なのに、全て昏が決めただと?
「聞いてくれ。俺はお前を傷つけたくない。俺と組めば、きっとお前は後悔する」
「黙れ!」
 ついに手が出た。繰り出された拳を、紙一重で昏が躱す。
「碧、やめろ」
「うるさいっ!おれのことはおれが決める!」」
 再度腕を振った。また簡単に躱される。攻撃は当たらなかったはずなのに、あいつは一瞬、ひどく悔しそうな顔をした。
「無駄だと言ってる」
「くっそー!」
 拳を、手刀を、蹴りを。昏は次々と躱してゆく。意地になってつっかかった。たぶん、ここで引き下がったら後はない。回した腕が昏の上衣を掠めた。よし、もう少しだ。
「しつこいな」
 苛立ちを隠さず昏が言った。おれはにやりと笑う。当たり前だよ。こんな理不尽なこと、許せるか。
「もらったぁ!」
「甘い」
 踏み込んで突き出した拳は、あっさりとあいつに捕らえられた。勢いを殺さぬままに投げ飛ばされる。襖を折って止まったおれの上に、昏が伸し掛かってきた。
「諦めろ」
 真っ黒な瞳が見据える。ざまあみろという表情はなく、ただ辛そうな表情。それが尚更、諦めを悪くさせた。
「いやだって言ってるだろ」
「お前は俺に勝てない」
「そんなのわかんねぇだろ!」
「いい加減にしろ!」
 はっきりと見えている。昏の顔に焦りと怒り。いい気味だと思った。譲れない。おまえがなんと言おうと、これだけは譲ってやるもんか。
「俺は、お前のことを思って言っている。本当に昏の力は・・・・」
「余計なお世話だ!」
 みなまで言わさず遮った。昏が息を詰める。おれは続きを言い放った。
「おまえこそくどいんだよっ!おれのことはおれが決める。そう言っただろ!」
 瞬間、確かにおれは見た。いつも落ち着き払った昏の目が、力一杯見開かれるのを。
 へっへん、どうだ。
 胸を張りながら思った。いつも無表情なあいつを、おれは今、ここまで揺らせている。例えようもない満足が走った。
 昏が目を閉じた。白い、仮面のような顔。悲壮とも言えるそれに、ちょっとやり過ぎたと言う感がないでもなかった。けれど、放った言葉をどうする気もない。 
 だって事実なのだ。おれはいつだって、自分のことは自分で決めてきた。藍兄ちゃんや他の奴らが何と言おうと、意志を変えたこともなかった。おれはおれを他人任せにしたくないし、自分の人生を人のせいにしたくない。だからこそ、自分の我を通してきたのだ。
「わかった」
 ぼそり。地を這う低音。昏の口からおれへと落ちた。ゆらりとあいつの上体が傾いてくる。
「お前が自分で決めると言い張るのなら、そうすればいい」
 ゆっくりとあいつの顔が近づいてきた。おれを見据えたままで。光を通さぬ昏い色の目に、深い深い闇。頭で誰かが言ってる。「危険だ」と。
「決められるものなら、決めてみろ」
 降りてきた昏の手に、頭の声は更に警鐘を鳴らした。「まずい、逃れろ」と。でも。
 身動きできない。それどころか、惹きつけられている。蒼く変わり始めた、あいつの両目に。
「『昏』の力を、知れ」
 動けないおれの耳元に、氷のような言葉が落とし込まれた。

 
 何かが頭の中に入ってきた。回路を繋ぎ換えるように、おれの身体を奪っていこうとしている。
 見えてるのに見えない。
 聞こえてるのに聞こえない。
 叫んでるのに・・・・声が出ない。
 しばらくして、やっとわかった。
 おれの頭の中にいるもの。それは、昏だった。
 
 視ている。
 おれの中に入り込んで、あいつがおれを視ている。
 目を閉じても感じてしまう視線。 
 身体も。心も。記憶も。
 おれの中身を見透かして。
 隅から隅まで、全部。

 心を鷲掴みにされたまま、おれは天井を見つめていた。
 あいつに何をされているのか、自分が今、どういう状況にあるのか、まったくわからないわけではなかった。けれど。
 術がなかった。
 心も身体も自由はなく、ただ受け止めるだけしかない。与えられる刺激。反応してゆく身体。おれの意志など全然無視して。
「!」
 あいつが内部に進んで来た。余裕のかけらもない意識が、更に追い立てられてゆく。
 苦痛。快楽。羞恥。混乱。
 すべてが混じり合っていった。どれがどれだかわからないほど。
 自分の奥から漏れ出るものを、おれは抑えることができなかった。
 声。汗。息。
 止められるはずもなく、吐き出し続けるしかなかった。

 あいつは最後まで視ていた。
 おれの心が空っぽになり、何も感じられなくなるまで。
 感じられなくなった心が、深い淵に沈むまで。
 自分が何者かさえわからなくなった後。陥った闇の中で、やっとおれは気付いた。
 あいつが何度も言おうとしていたもの。
 「昏」の力とは、これだったのだと。

銀生×藍連動作『禍事』ACT6へ