*こちらは馮夷×英泉の『西日』の連動作です。まずはそちらをどうぞ。



孤高の花  by(宰相 連改め)みなひ




ACT2

 天坐の砦には、かつてと変わらぬ情景が待ち受けていた。

「最後になってイノシカチョウが続けて来るなんて、どう考えたってオカシイわよ、源宇」
 灰色のどろどろした粥を睨み、アタシは愚痴った。強烈な臭い。天坐名物、薬草粥だ。
「そんな色っぽい目でにらみなさんなって。勘違いしちまうじゃねえか。だいたい、どーゆーわけでそんな形(なり)になっちまったんだい?」
 黒髪黒眼の男がにやりと笑う。興味津々な顔。こいつは源宇だ。
「ふふーん。秘密よ、ヒミツ。知りたかったら、もうひと勝負しなさいよ」
「へーえ。てことは、俺が勝ったら、その『秘密』とやらを教えてくれんのか」
 挑発するアタシに、源宇は更に深く笑んだ。アタシも不敵に返す。ホラ、のってきなさいよ。
 レートをふっかけるアタシに、源宇の顔は渋い。なによ。そんなケツの穴小さいコト言ってちゃ、男がすたれちゃうわよ。
「アタシの秘密を教えてあげるって言ってんのよ。それぐらい安いもんでしょ」
 ばさりと髪をかきあげ、アタシはニッコリ微笑んだ。


 御門からの親書を届けた後、アタシは砦の男たちと賭けに雪崩れ込んだ。天坐の男たちは以前と変わらず、嬉々として賭けに打ち興じていた。
 いくつか知ってる顔がなくなったみたいだけど、おおむね様子は変わんないわね。
 和気あいあいと賭ける男たちを観察しながら、アタシはそう思った。ちらりと視線をずらす。その先には、男たちを見つめる英泉がいた。
 おとなしいのは変わってないけど、みんなから仲間はずれってのは、ないみたい。
 半分ホッとしながら思った。英泉は男たちと共にいる。そりゃ、中心で騒いではいないけど。きちんと言葉も交わしている。なにより、かつてと同じ落ち着いた顔をしていた。
 とにかくよかったわ。一人で山なんか見てるから、ちょっと心配しちゃったじゃない。
 再会した時のことを思いだし、アタシは小さく息をついた。二年振りに会った英泉は、一人で山を見ていた。たったひとりで。ひっそりと寂しい砦の高殿で。記憶の中と変わらない、翡翠の瞳を開いて。
 ま、取り越し苦労だったみたいね。
 そう思いかけていたアタシの袖を、くいくいと誰かが引っ張った。見やるとおろおろと見つめている。なんとも情けない顔。アタシのオトコで相棒、御影本部でトップクラスの「御影」、桐野斎。
「み……水木さんっ、秘密って、あの、まさか……」
「なによ、斎。アンタもまざる?」
「いえ、その、おれは賭け事はあんまり……」
 賭けに誘ってやったら、何やらごにょごにょ口ごもった。なんなの?またなんかつまんないこと、気にしてんのかしら。
「だったらジャマしないでよ。気が散るじゃないの」
「でも……」
「心配しなくても、まだ手持ちはあるわよ。それに今度の勝負は、たとえ負けたってこっちの持ち出しはないんだし」
「そっ……それがいちばん困りますっ!」
 サービスで返してあげたら、更に必死になっている。変なの。何焦ってんのよ。
「ほーお。こりゃだいぶ面白い『秘密』が聞けそうじゃねえか。な、姐さん」
 艶っぽい響きが耳に飛び込む。正面で源宇が笑んでいた。
「姐さん? それってアタシのこと?」
「おうよ。ほかにだれがいる」
「ん〜、そういうのもいいわねえ。なんか仇っぽくて」
 上機嫌で返した。姐さん。アタシにぴったりじゃない。周りを取り囲む男たちも、どっと湧き上がった。
「よっ、姐さん。イケてるねえ」
「俺は姐さんが勝つ方に賭けるぞー」
「俺は源宇!」
「俺もだ。姐さんのヒミツとやらも聞きたいしなあ」
「レート、倍だろ? だったら、やっぱり姐さんだよな」
 円卓の上、次々と金が置かれはじめる。
「よっしゃー、んじゃ始めるぜ」
 硬直する相棒を余所に、手際よく花札を配られ始めた。そして。
「は〜いっ。これでアタシの勝ちよねー」
 ぴしりと札を卓に投げて、アタシは勝利を宣言した。
「やったなあ、姐さん」
「ちくしょー、こんなことなら、もっとたくさん賭けときゃよかった」
「源宇〜、おまえ、さっきまでの勢いはどうしたよ」
「姐さんの色香にやられちまったんじゃねえだろうなっ」
 勝ち負けの決まった男たちが口々に言う。誰かが「もうひと勝負!」と言ったところで、硬い低音が投げられた。
「まもなく夕餉だ。皆、装束を改めるように」
 見覚えのある顔。見覚えのある赤茶色の髪。だけど一つ違った隻眼。馮夷という男だった。
 ふうん。「確かに、傷はそこに在り」って感じよね。
 妙に納得しながら思った。今までの生ぬるい賭け事が夢なら、この男は現実。天坐の事実そのものだ。
「今宵は和の国の礼に倣い、膳を供する。そのつもりで」
 馮夷の声に押されて、男たちがバラバラと散りはじめる。前では源宇が慌てて札を片づけていた。
 これから宴会、か。
 まあ、天坐もふんばり時だしね。
 苦笑しながら思った。いくら表面上は御門の名代とはいえ、アタシ達が砦に到着したのは夕刻。この一刻ほどの間に、もてなしの用意をしたらしい。
「・・・水木さん」
 斎だ。どうしたらいいものかと、こちらを不安げに見ている。その時。
「馮夷、炊き屋の者たちに……」
 細い声が聞こえた。英泉が馮夷に何か言ってる。馮夷が何やら答えた後、広間を出てく。ぽつりと残された、ほっそりした後姿。
「先に部屋へ行ってて。着替え、時間かかるでしょ?」
 アタシは斎にウィンクして言った。斎が思いだしたような表情をする。相棒はこくりと頷き、あてがわれた部屋へと向かった。
 さあて。これでよし、と。 
 アタシはにんまりと笑み、英泉へと近づいていった。