*こちらは馮夷×英泉の『西日』の連動作です。まずはそちらをどうぞ。
たよりない瞳をしていた。
大人たちに守られ傅かれながらも、いつもどこか寂しげで。
放って置いたら、自分の殻に閉じこもり、そのまま消えてしまう気がした。
まるで高い峰に咲く花が、下界に合わず枯れゆくように。
孤高の花 by(宰相 連改め)みなひ
ACT1
「天坐が、ですって?」
その話を聞いた時、アタシは耳を疑った。天坐。隣国とはいえ馴染みのある砦で、起こった惨事が信じられなかった。
「で、どうなったのよっ!」
外部からここに配属されたばかりの、新入り御影長にくってかかる。気の弱そうなその男は、口の端をぴくぴくいわせながら答えた。
「は、あっ、その、なんでも。砦の長が『呪』に侵されていたようで・・・・・『呪』の発動した長を抑えるのに、かなりの人数が死傷したとか・・・・」
長。それでは宜汪が。あの人が「呪」に侵されていたというのか。アタシはさらに身を乗り出した。
「それで?長は?砦は?」
「長は絶命しました。実の息子によって、だったようです。そして天坐砦は、次の長を選びました」
「誰なの」
「長に手を下した、息子です」
少なからず驚いた。天坐の者たちが、仲間を虐殺した者の血縁者を選んだことに。通例であれば、虐殺の罪は当事者の宜汪のみならず、その血縁者にも及ぶだろうに。
宜汪の息子。
英泉。
あの子が、天坐を統べるとは。
「つきましては、如月水木さんと桐野斎さんには、上層部より指令が下されています」
ガサガサと書類を探しながら、新参御影長が告げた。バサバサと書類の束が落ち、今まで隣で黙って聞いてた斎が、書類を拾いはじめた。御影長が「すみません」と書類を受け取り、おそるおそるこちらを向いた。
「実は、上層部も今回のことは意外だったようで・・・・・・その、事を急ぐと・・・」
言いにくそうに、言葉が継がれる。
「でしょうね」
相槌を打ってやった。やれやれ、この御影長、はっきり言いなさいよ。
「どうせ頭でっかちな上層部のことだから、変な早とちりしたんでしょう〜?」
「はい。ですから、動き様によっては国家間の問題になります。それで、天坐と関わりの深い水木さんに・・・・・」
「天坐を、探ってこいってわけね?姑息〜」
ちくりとイヤミを刺してやった。新入り御影長が、うっと胃の辺りを押さえる。
「そ、その・・・・受けて・・・・頂けるでしょうか?」
眼鏡の奥の目が、びくびくとこちらを伺った。アタシはそれを見つめながら、意地悪い微笑みを浮かべる。
「それってキケンな任務よね〜。どうしようかしら」
みるみる間に、新入り御影長の顔が白くなってゆく。斎は隣で不安げに見ている。相当意地悪だって知ってるけど、人に尻ぬぐいをさせるのだ。これ位、言ってやらなくちゃ。
「み、水木さん」
「わーかってるわよっ」
ついに上げた斎の声に、アタシはハイハイと答えた。相棒がホッとした顔をする。
「如月さん、それでは・・・」
「天坐のコトなんでしょ?もっちろん、受けるわよ」
バサリと髪を掻き上げ、アタシは任務を引き受けた。
しかし、天坐がねぇ。
通路を進みながら、アタシは小さく呟いた。天坐の砦。あの珍しく上下がしっかりと繋がっている砦がまさか、『呪』に侵された者を出そうとは。それも、侵されていたのは砦の長だったとは。
あの人に限って、そんな下手はないと思ってたんだけどねぇ。
選れた術者であった天坐の長。宜汪。彼の治める砦に、アタシは六年前より関わっていた。
きっかけは任務で傷を負い、天坐に匿ってもらったことだった。思えば大きな賭けだったと思う。自分の持つ情報が、槐の国にとって重要なものだと知っていても。最悪の場合、情報だけ搾り取られたあと、始末されることもあっただろうから。しかし。
砦の長、宜汪は聡明だった。アタシの提示した僅かな標に気付き、砦の危険を推して和の国の細作を匿った。アタシはそこで命拾いして、現在に至っている。
「難しい任務ですね」
後ろで、斎がぽつりと言った。
「そうね」
端的に答える。斎の言うことは正しい。相手が一番来て欲しくない時にに、挨拶と称して他所者がズカズカ踏み込んでいくのだ。下手をしたら砦全体を敵にまわすことになる。それどころか、国家間の争い事になるかもしれない。だけど。
『行くわよ』
そこが天坐であるからこそ、行かずにはいられなかった。天坐には見知った者たちと、なにより宜汪の息子、英泉がいる。
『アタシが行かなくて、誰が行くのよ』
あらゆる可能性が脳裏に浮かんだ。危険は承知している。けれど見とどけなければ。どんな状態であろうと、この目で確かめなければ。天坐に恩ある、この身だから。
「斎」
後の相棒を振り向く。
「はい」
漆黒の目が見返した。聡いこの「対」の御影は、既にアタシの緊張を察知している。
「急ぐわよ」
顎をしゃくるアタシに、斎は黙って続いた。
手早く支度を済ませ、アタシ達は御影宿舎を後にした。都で上層部と打ち合わせる。御門の文を携え、その足で槐の国へと向かった。
天坐への道すがら、アタシは槐の国と天坐について斎に話した。幸い外交任務が増えてきていたこともあり、斎は槐の国についていくらか知識を持っていた。当然、教えたことの理解も早かった。
「ご心配ですか?」
小休止をとっているとき、斎が遠慮がちに聞いた。アタシは苦笑しながら、六年前の一件を簡単に話す。斎を助けてすぐ後の任務で、思わぬ不利な状況に追い込まれ、天坐に匿われた時のことを。
「そうですか・・・・天坐の砦に・・・」
アタシの話を聞き終え、至極真摯な表情で斎は言った。ついで、更に顔を引き締める。
「だからこそ、水木さんにしか務まらない任務なんですね」
「ま、ね。とにかく、アタシはあそこの連中には、すっごく世話になってんのよ。だから、行かなきゃね」
ぱちりとウインクする。
「そうですね。急ぎましょう」
荷物を背負いながら、斎が立ち上がった。アタシも立ち上がる。大きく深呼吸して、再度大地を蹴りだした。
天坐の砦。
そこに何が起こっているのか。
虐殺を犯した長の息子が、英泉が長になっているという。あの、頼りなげな瞳をした少年が。
最悪はあの子、孤立しているかもね。
押し寄せる不安を胸に、ただ足を速める。二刻ほどして、アタシ達は天坐へとたどり着いた。
ゆるゆると開かれる城門を見つめ、アタシは奥歯を噛み締めた。