*こちらは馮夷×英泉の『西日』の連動作です。まずはそちらをどうぞ。
孤高の花 by(宰相 連改め)みなひ
ACT3
砦の中のことはわかった。
後は英泉、あんたを確かめたい。
「なーんか仰々しいことになっちゃったわね」
そっと近づいて言った。英泉が驚いたように見上げる。深緑の双眸にアタシ。苦笑しながら言葉を継いだ。
「こんなことなら、アタシだけでこっそり遊びに来た方がよかったかも」
「以前のように、ですか?」
冗談めかして告げると、英泉は悪戯っぽく笑って返した。緊張が和らぐ。そうよ、アンタは笑ってなきゃ。そのカオがかわいいんだから。
「そうそう。任務帰りに、よく世話になったもんねえ」
しみじみと思い出す。宜汪がいた頃、アタシは任務帰りによく天坐へ立ち寄っていた。期限ぎりぎりまで天坐で羽根を伸ばし、それから御影本部へと帰還していたのだ。
「でも、ちょっとホッとしたわ」
小さく息を吐きながら言う。英泉の目が少し、大きくなった。
「心配してたのよ」
戸惑う瞳に、まっすぐ告げる。本音を。素直な気持ちを。
「あんたがここのトップになったって聞いて……ね」
柔らかに笑みながら、アタシは言葉を付け足した。
「宜汪があんなことになったのに、まさかあんたが砦を任されるなんてねえ。九代目なんか、てっきり『三柱』のじいさんたちが出張ってくると思って、天睛に密使を送ったのよ。アテが外れて、だいぶ慌ててたみたい」
べらべらと口が動いてゆく。国家機密スレスレの情報。英泉が目を丸くして見ていた。
「あ、これはオフレコね〜。でないと、アタシの首が飛んじゃうから」
何でもないことのように言ってみる。駆け引き。砦を総べるあんたは、それをどうとらえるのか。
「それにしても、ほーんと、安心したわよ。サイアクの場合、ここの連中があんたをシカトしてるかもしれないって思ってたけど」
そこまで言って、ふと思いだした。くちもとが、弛んでゆく。
「来てみりゃ、みんな、ぜーんぜん変わってないじゃない。年中お祭り状態っていうか、無礼講っていうか。ま、約一名、年中葬式みたいな顔してるやつもいるけど、それも前とおんなじよね」
微笑みながら告げた。笑みを生んだものが何だか知ってる。安堵。天坐は天坐のままだった。
「ねえ、英泉」
そっと肩に手を回した。二つの翡翠を覗きこむ。これは最後の確認。あんた自身に一番、聞きたかったこと。
「『ひとり』になってないわよね?」
何かあるといつも一人になってた、頑で愛しい少年に聞く。英泉は自分を信じていなかった。自分にどれほど人を惹きつける力があるかを。勝手に力がないと決めつけては、自分を閉じようとしていた。
「水木さん……」
「あんたって、自分からカーテンを引いちゃうようなとこあるからねえ。そのまんまで十分かわいいのに、もったいない」
思えば出会ったばかりの頃、叱り飛ばした記憶がある。「身分の違い」に囚われすぎていた、英泉がじれったく思えて。
『上だろーが下だろーが、関係ないでしょ』
今も覚えている。限界まで大きく開いた英泉の瞳を。
『こっちがオープンにしてりゃ、相手だって腹を割ってくる。身分がどうのこうの言ってるヤツは、たいしたモンじゃないのよ』
俯く背中を、ドンと押してやりたかった。顔を上げろと。顔をあげて、前に進めと。
『あんたは、そのまんまが一番だよん。なんにもモンダイないって』
信じて欲しかった。自分を卑下することなんてない。誰と比べる必要もない。あんたはあんただと。
あの時と同じ表情をしていた英泉が、我に返った顔で下を向いた。英泉の考えた内容が、肩の手を通じて伝わる。
「あーら、残念。もうちょっとだったのに」
至極真面目に言った。本気で狙ってたのに。するりと、手を放す。
「じゃ、アタシも着替えてくるわね〜」
ぴらぴらと手を振って、その場を離れた。英泉が後ろで見ている。何ともいえない顔で。
ま、そんなに上手くいかないわよね。あーんないい子だもの。
ぺろりと舌を出しながら、アタシは斎の待つ部屋へと向かった。
翌朝。アタシ達は返書を手に、天坐を後にした。返書は御門へと届けられ、和の国と槐の国の友好は保たれた。
「結局は案ずるより産むが易し、だったのかしらねぇ・・・」
サクリと鳩サブレをかじりながら、アタシはぼそりと漏らした。目の前の机で報告書を作成していた、斎が振り返る。
「そうですね。表向きは問題ないように思えましたが。何か、気になることでも?」
「ないから困ってんのよ〜。なんか、つまらないじゃない」
「え?はあ、そう言われましても・・・・」
口を尖らすアタシに、斎は困った顔をした。なによ。アタシが困ってるのに、アンタ文句あるっていうの?
「さーい」
「はいっ」
「アタシ、つまんないって言ってんのよ?」
「ええっ、あ、あのっ、すみません」
細目で言うアタシに、斎はおろおろと答える。ちょいちょい。アタシは人差し指で斎を呼んだ。斎がこっちに来る。アタシの座ってる長椅子に腰かけた。
「その、水木さん、おれ・・・・」
「たーいくつでつまんないわねー。なんとかしてよ」
「えっ」
「ほら」
言いながら肩を押す。斎が長椅子に沈んだ。すかさず、上に伸し掛かる。
「うわっ。あの、水木さんっ。おれ、報告書が・・・」
「どれだけ書けたの?」
「・・・・あと、半分です」
焦りと戸惑いの目で、斎が下から見上げる。ダメよ、そんなの理由にならない。そんな顔してもダメ。アンタはアタシの男なんだから、きちんと責任とりなさい。
「なら、いいでしょ?朝早く起きて仕上げればいいのよ」
にこりと美しく微笑みながら、アタシは斎に口づけた。
イロイロ気になることはあるんだけど、取り敢えずはよかったってことよねぇ。
英泉は「ひとり」じゃなかった。
あの孤高の花は、枯れてなかったんだから。
体勢が入れ替わる。斎の慣れた愛撫を感じながら、アタシはぼんやりと思った。
おわり