水鏡映天  by近衛 遼




ACT4

 この男は、いったいいくつの年からこんなことをしてきたのだろう。
 寝台の上で愛撫を受けながら、篝は考えた。資料によれば、この男は自分よりも二つばかり年下だ。もっとも、正確な生年月日は記載されていなかったが。
「ねえ」
 体中を彷徨したあとで、与儀は顔を上げた。
「どこが、いちばんよかった?」
 濡れた唇で、訊く。篝は乱れた息をなんとか整えながら、
「どこと言われても……」
 与儀の愛撫は的確で、全身のあらゆる場所に快楽の種を蒔かれたような気がする。もし、これが任務でなかったら、自分はすでにこの男に溺れていただろう。
「え、もしかして、ぜんぜんよくなかった?」
 与儀は眉を寄せた。
「おかしいなー。いけてると思ったんだけど」
「いいです。全部」
 言葉を飾るのはやめにした。この行為に関しては。
「そう? よかったー。心配しちゃったよ。じゃ、次ね」
 ふたたび顔を伏せる。下腹のあたりで銀髪が揺れている。熱い。脚が自然と開いていく。
 下肢のあいだに指が忍び込む。最初はゆっくりと。ぞくぞくとした感覚が背中を這い上がってきた。
「そろそろ、いいかなーっ」
 与儀は上体を起こした。脚を腕に引っかけて、身を進める。
「……!」
 衝撃。覚悟はしていたが、やはり押し入られるときの圧迫感は否めない。
「うわ。なんか……すごいねえ」
 耳元で、与儀が呻いた。しばらく、動きをを止める。
「へえ。こーんな感じなんだ。やっぱり、口とは違うよね」
 うっとりとした顔で、篝を見下ろす。
「ねえねえ。あんたは?」
「え……?」
「あんたは、どんな感じ?」
 言えというのか。それを。
「あ、そうか。まだ、なーんにもやってないもんね」
 にっこりと笑って、与儀はふたたび動き出した。振動と摩擦がさらなる熱を呼ぶ。篝は与儀の腕を掴んで喘いだ。
「ん……っ……ん……」
 次第に、声が抑えられなくなる。
「声も……いいね。あんた、すっごく、いいよ」
 そう言う与儀の声も、途切れがちになってきた。何度か体の角度が変わる。刺激がそれぞれに違った波を生み出す。
 むしゃぶりつくように、与儀が左の首筋を噛んだ。どくり。体が痙攣を起こしたように跳ねて、篝は達した。


 終わったあとも、与儀はしばらく篝の中にいた。
「なーんか、もったいないなー」
 ぴったりと肌を合わせたまま、与儀は言った。
「こんなに気持ちよくなったのって、はじめてだもん」
 名残り惜しそうに、篝の脇腹を撫でる。
「それに、あんた、なんだかいい匂いがするし」
 首筋に顔を埋めて、大きく息を吸う。先刻の余韻に、体が小さく震えた。
「ふふーん。ほーんと、いいねえ、あんたって」
 とりあえず、気に入られたらしい。篝はほっと力を抜いた。と、その直後。
 下肢のあいだに、情交のしるしが流れてきた。早く拭き取りたいが、与儀が体を放さぬうちはそれもできない。
「あ、ごめーん」
 ぱっと身を起こして、与儀は足元にあった自分の服を取った。
「せっかくいい気持ちになったのに、これじゃ台無しだよねー」
 てきぱきと後始末をする。篝は思わず、口元をゆるめた。
「自分でやります」
「そう? じゃ、はい」
 服を差し出す。もう汚れてしまったとはいえ、これで拭いていいのだろうか。
「あの、おれ、手拭い持ってますから」
「へーっ。準備いいんだね。なーんだ、最初っから、やるつもりだったんじゃん」
「いえ、べつに、そういうわけでは……」
 手拭いを持っていたからといって、下心があったと思われてはかなわない。
「だれだって、手拭いの一枚ぐらい持ってますよ」
「……そんなもんなの」
「そういうものです。怪我をしたときの、包帯代わりにも使えますし」
「ふーん」
 たいして興味もなさそうに、与儀は呟いた。
 篝が身繕いをするのを、与儀はじっと見ていた。自分はまだ、一糸まとわぬ姿で。
「行くの」
「え? ……はい。そろそろ、夕餉の時間ですから」
 この男は、食事の時間もはっきり認識していないのだろうか。
「じゃ、オレも」
 寝台から下りて、服を拾う。
「それは……」
 篝は与儀の手から、その服を取った。なにしろ、先刻の跡が付着している。
「着替えは、どこですか」
「ほかの服?」
「そうです」
「そっち」
 指さす方向を見遣ると、寝台の陰に、篝の部屋にあるのと同じぐらいの大きさの行李があった。
「開けていいですか」
「いいよー」
 篝は中をあらためた。ぐちゃぐちゃに突っ込まれた衣類と武具。どれがなにやら、さっぱりわからない。
「なーにしてんの。なんでもいいよ。着るものなんて」
 与儀が横から、シャツを一枚引っ張り出した。しわくちゃの藍色のシャツ。気にする様子もなくそれを着る。さらに脱ぎ散らかしたズボンや上着を身につけて、すたすたと戸口に向かった。
 篝は行李の蓋を閉めようとして、ふと、それに目を遣った。
 黒っぽい、ぼろぼろの布。ところどころ、カビもわいている。
 どうして、こんなものが行李に入っているのだろう。どう見ても、衣類には見えないが。
「行かないの?」
 ドアの前で、与儀が振り向いた。
「いま行きます」
 篝は立ち上がった。与儀はぴったりと篝にひっついて、廊下に出た。
「ミカドのじいさん、ほんとにいいもの、くれたよねー」
 ほぼ同じ高さにある顔が、きれいに笑みを作った。
「あ、そうだ!」
 突然、与儀が立ち止まった。
「ねえねえ」
「はい?」
 なんだろう。なにか、まずいことでもしただろうか。
 篝が懸命に考えていると、与儀は真剣な顔でこう言った。
「あんたの名前、なんていうの」
 あまりにも、単純な質問。
 数瞬の沈黙ののち、篝は自分の名を告げた。