昏一族はぐれ人物語 〜少年編〜   
by (宰相 連改め)みなひ




ACT6

「ねえねえ、夏芽ってオレのこと好きなの?」
 何度目かの逢瀬で、オレはいつもの握り飯を頬張りながら聞いた。夏芽が握り飯を吹いてる。あら、土岐津と同じ反応。
「きたないよ」
「えほっ、それ、おまえ、どうしてっ」
 呆れるオレに、咳で涙目になった夏芽が詰め寄る。なんなの夏芽。鼻にご飯粒ついてる。
「え?なんとなく。だって夏芽、いろいろくれるし」
「ごめんっ!!」
 がばりと夏芽が土下座した。あまりのことに呆然とする。夏芽、何してんの?
「へ?」
「サガミごめんな。男なんかに好かれて気持ちわるいだろ?それも、おれだし。千秋ちゃんにも終ってるって言われたんだ。けどおれ、諦めきれなくて・・・・」
 冷や汗だらだら、赤くなったり青くなったりしながら夏芽が言う。
「最初はさ、おまえのこと女と間違えてたし、きれいだなーって。男だと知ってからも、なんか一日中頭ん中におまえ出てきちゃって・・・・・本当にごめんっ!」
 も一度頭を下げられた。オレは口を結ぶ。なんか、ちょっとムッときた。
「・・・・・」
「自分がおかしいのはわかってるんだ。でも止まんなくて。だけど、普通になれるよう努力するから・・・・」
「やだ」
 ぼそりと口に出した。夏芽がぐっと顎を退く。引き攣りながら口を開いた。
「そ、そうだよな・・・・おれだし、男だし・・・・いやだよな」
「違うよ」
「えっ」
「謝るのがやだって言った。どうして謝るんだよ」
 それまで胸を独占していた、もやもやした気持ちをぶつけた。夏芽また突っ走ってる。イヤとか気持ちわるいとか、それはオレが決めることだろ?
「ど、どどうしてって・・・」
「夏芽に好かれるっていうのは、そんなに悪いことなの?オレは違うよ。本当にイヤだったり気持ちわるいことだったら、ここになんて来ない」
 おろおろと困る夏芽に、オレは宣言した。勝手に決めないで欲しい。オレ、まだ何もちゃんと言ってないよ。
「え・・・・その、サガミ」
「オレ、夏芽のことキライじゃないよ。気に入ってるし」
 固まる夏芽に、胸を張って言った。次の瞬間。
「サガミ〜!」
「うわっ」
 いきなりぎゅっと抱きしめられた。身体がびくりと揺れる。頬に夏芽の肩。温かい。 
「おまえっていい奴だよなー!ありがと。おれ、幸せもんだ〜」
 耳元で聞こえる。夏芽の声。ぐすりと鼻水すする音。泣いてる。
「オレ、がんばるからな。絶対学び舎卒業して、ちゃんと一人前になるから・・・」
 鼻汁をすすりながら夏芽が言った。オレはまたおかしくなる。変だね。だからそれは女に言う言葉だって。それもプロポーズっぽい。おまけに、夏芽知らないでしょ?オレが「昏」だってこと。
「キタナイよ。鼻水がつく」
 照れ隠しに言った。夏芽がバッと飛び退く。
「あ、ごめん」
「ここ汚れた。これ気に入ってるんだよ」
 肩のあたりに着いたシミを指差せば、夏芽はあたふたしだした。オレは無性におかしくなる。
「どうしよ。おれ、金ないし・・・」
「いいよ」
「へ?」  
「夏芽に金銭は期待しないよ。あの握り飯でいい。他ではあんなもん、食えないしね」
 ぺろりと舌を出せば、怒って追っかけてきた。
「こらー!待てーっ」
「待つわけないだろ」
 わさわさと枯れ葉を踏みつけ、森を駆けぬけた。思いっきり笑って。夏芽が追い付けるように、少しずつ速度を落として。
「つかまえた!」
 ついに服を引っ張られた。足を取られ、ふたりして地面に転がる。ごつん。互いの頭がぶつかった。
「いったー」
「こっちこそ痛いよ。石頭」
 頭をさすりながら二人、ごろりと寝ころんだ。視界には空。太陽がゆるく輝いている。
「今日はあったかいなぁ」
 大きく伸びをしながら、夏芽が言う。
「ほんとだね」
 素直に言った。風が頬を撫でてゆく。きもちいい。
「昔、こんな感じの日にさ、とーちゃんとかーちゃんと河原散歩したなぁ。誕生日近かったし。母ちゃんが弁当つくってくれて・・・」  
「夏芽、いつ生まれたの?」
「四月二日。おまえは?」
 聞かれて思いだす。誕生日は・・・・。
「三月三日」
「ええっ!それって三日後じゃない!」
 夏芽が起き上がって言う。なに?どうしてそんなに驚いてるの?
「サガミ、いくつになんの?」
 ずずいと夏芽の顔が近づいてくる。なにやら、真剣な顔。
「十七、だけど?」
 何事かと思って答えた。覆い被さった夏芽の顔が、間近に見える。夏芽のおっきな黒い目に、びっくりした顔のオレ。あれ、顔がちょっと熱い。
「そうか、おれと同じになるんだ。んじゃなんか、お祝いしなくちゃな」
 自分の変化に戸惑うオレに、夏芽はにっかりと歯を見せて笑った。  
 三月三日、オレたちは会う約束をした。波乱の誕生日になるとは、露ほども知らずに。