昏一族はぐれ人物語 〜少年編〜 by (宰相 連改め)みなひ ACT5 三日後。 オレは早朝に復命した。任務は潜入した同僚を脱出させるための、攪乱任務だった。 その日は夏芽と会うことになっていた。宿舎で血のにおいを落とし、着替えて待ち合わせの場所へと向かう。程無くして森に着き、辺りを見回した。夏芽と約束した時間にはまだある。オレは木の上に上がった。すこし、眠っておこう。前の時みたいに眠ってしまったら、かっこ悪いから。 枝に腰掛け幹にもたれる。余程のことがない限り、オレは身体を横にして眠らなかった。 今日は夏芽、なにすんのかな。 ぼんやりと考える。夏芽の術は問題多しだ。水術、風術、雷術はできないし。結界術なんてまだまだ。毎回いろいろ見てるけど、あれじゃ卒業なんて無理かもしれない。というか、いつ卒業できるんだろ。うーん、ひょっとしなくても遠いかも。 いろいろ考えているうちに、いつしかオレは、ウトウトしてしまっていた。 気配で目が覚めた。誰かいる。 オレはそっと懐の小刀に手を伸ばし、左手で印を組んだ。 『おやめください』 遠話が響く。聞き覚えのある声。背後の木の枝に、誰かが現われた。 「私は、あなたと争う気はありません」 懐かしい気を思い出す。それは父の部下だった男、昏出雲(こん いずも)だった。 「嵯峨弥様」 「何しに来たの?『昏』は国境警備のはずでしょ?御門との約束、違えるの?」 三年前の折、昏一族は激減した。昏長戸ら一部の直系と脇筋の一家が残ったのみで、あとは昏周と運命を共にした。七代目御門は残った昏一族に国境警備を要請し、昏一族はそれに従った。そして、今に至っている。 「約束を違えているのは御門です。『昏』に都を去れと言いながら、『昏』を都に置いている。あなたは『昏』です」 「オレは特例だよ。『御影』で能力が開花したもの。村にいた頃は、ただの子供だった。だから、長戸伯父も村を出る時止めなかったんだろ?」 皮肉を返す。だけど出雲も引き下がらなかった。 「能力が現われた以上、あなたは立派に一族の一員です。どうか村にもどり、長戸様にしたがってください」 「いやだ」 「嵯峨弥様」 「戻る気はない!」 強く断じた。オレは「昏」の道具じゃない。再度宣言しようとして、慣れた気を感じた。夏芽だ。こちらに近づいている。 「邪魔が入りましたね」 同じく夏芽を感知しただろう、出雲が言った。 『今日はこれで引き下がります。されど嵯峨弥様、お忘れになりませんよう。長戸様は、あなたを切望されています』 出雲の遠話が聞こえた。切望。都合のいい切望など、いらない。 オレは自分の身体を抱いた。身体の中で、何かが出口を求めて暴れ回っている。ギュッと目を閉じて・・・・。 落ち着こう。 こんな気持ちじゃ夏芽に会えない。 会っても迷惑掛けるだけだ。 だから、落ち着くんだ。 気持ちが静まるまで、オレは夏芽を木の上で見ることにした。 「ちぇっ、まだ来てないか」 元気よくいいながら、夏芽はその場所にやってきた。 「やっぱり、ちょっと早かったかな」 キョロキョロと見回し、呟いている。探しているらしい。やっぱり、それってオレ?なんだかホッとした。 オレがすぐ上にいるのに、夏芽は気付かない。あたりまえだ。オレは気配を消してるし、たとえ表に出してたって、夏芽には感じられない。 「ま、いいか。始めてりゃくるさ」 言いながら夏芽は特訓を始めた。今日は火術だった。 「うーん、えいっ!」 掛け声だけは勇ましい。でも、実力が伴ってない。夏芽の火術はお粗末だった。 「おっかしぃな。やあっ!」 夏芽はがんばる。でも、炎が出ない。一生懸命やってるけど、マッチで出したみたいな小さな火。 何というか、もともと無器用なんだな。 木の上で眺めながら、オレは思った。夏芽は気は確かに練れている。だけど、その扱い方が下手なのだ。 もうちょっとなんだけど。 じれったい気がした。夏芽、それできないと卒業出来ないんでしょ? 少し、手伝ってもいいか。 軽い気持ちでそう思った。とにかく、夏芽が炎を出せるようにしたい。僅かに気を練って同調する。炎を呼ぶ気を引きだした。 「うわぁ!」 いきなり炎の渦が出た。夏芽が目を白黒させている。 「でちゃったよ〜」 情けない声。まだ信じられないみたいだ。 びっくりした?でもそれで、コツがわかったよね。 オレは口元を緩めた。 昼になった。 夏芽が両手をだらりと降ろした。一段落したらしい。 「おっそいなー」 夏芽はまたキョロキョロしていた。まだ探してるらしい。なんか、落ちつかない。 「はあ。今日は来ないのかな・・・」 ようやく諦めたのか、夏芽は木陰へと歩いていった。自分の荷物を手に取り、ごそごそと中を探っている。でた。いつもの握り飯だ。ちゃんと二つある。 「あーあ、フラれちゃったかな」 夏芽は握り飯を見つめていた。溜め息をついてる。もしかしないでも待ってる?待ってるって、オレだよね? 『おまけに、そのコが男だってわかってても止まんねぇみたいで』 土岐津の台詞が思いだされる。 「こんにちは」 不意に木を飛び降りて、挨拶した。びっくりした夏芽が見てる。 「お、遅かったな。握り飯、食べちゃうところだったぞ」 「ごめん」 真っ赤な顔で焦りながら、夏芽が握り飯を差し出す。オレは笑顔で受け取った。いつもの不格好な、夏芽の握り飯。知ってるよ。これ、食べずに待っててくれたんでしょ? 「さ、食おっか」 夏芽が木の根元に座った。オレも隣に座る。握り飯をほおばった。 夏芽の握り飯は定番通り、所々辛かった。でも。 オレにはなにより、美味しいと思えた。 |