昏一族はぐれ人物語 〜少年編〜   
by (宰相 連改め)みなひ




ACT4

 それからも週に一、二度、オレと夏芽は森で会った。
 相変わらず夏芽は術が下手くそで、毎回いびつな形の握り飯を持ってきた。それと、時々下町で売ってるらしい駄菓子も。オレにとってそれらの駄菓子は見たこともないものだったし、夏芽の術や握り飯に文句を言ったり笑ったりする時間は、とても楽しいひとときだった。
 そういったわけで、いつのまにかオレは、夏芽と会う日に任務を入れなくなっていた。


「嵯峨弥、最近機嫌いいな」
 御影宿舎の食堂でわかめうどんをすすっていたオレに、誰かが声をかけた。黒眼。短く刈った黒髪。若いがしっかり筋肉のついた身体。こいつは土岐津という。 
「うん、まあね。土岐津はどう?」
「え?ま、まあまあだな」
「そう。よかったじゃない」
「んん、そうだな」
 むにゃむにゃとらしくない返事をしながら、土岐津は隣の席についた。ごとりとざるそばを食卓に置く。何やら戸惑ったあと、ざるそばを食べだした。
「あ、そうだ。ねえ、土岐津って下の名前、なんて言うの?」
 不意に思いつき、オレは同僚に聞いてみた。確か、夏芽が何か言ってた気がする。
「ああ、俺の名前は・・・」
「まさか千秋とか言う?」
「! そ、そうだけど。よく知ってるな」 
 オレの問いに、なぜだか落ちつきない様子で土岐津は答えた。そばを丸呑みしている。オレは首を傾げる。なんだよ、どうしたの?
「じゃあさ。土岐津、夏芽って知ってる?」
 ブーッ。
続くオレの問いに、土岐津千秋はそばを吹いた。ゲホゲホ。咳き込んでいる。いきなりな展開。オレはあっけにとられた。
「どうしたの?」
「ゲホッ、ちょっと気管に・・・・」
「気をつけなよ」
「・・・ッ・・・すまねぇ」
 同僚は一通り咳き込み終え、なんとか息を整えた。くるり。こちらを向く。がばり。いきなり肩を掴まれた。
「やっぱりお前だったのか!」
「は?」
「夏芽は、俺の弟分なんだ」
 告白されて目をぱちくりした。若手御影の中でも一目置かれている土岐津の目が、意外にも潤んでいる。なんだって?弟分って?誰が?
「ここじゃ何だ。ちょっと来てくれ。さっさと食っちまうぞ」
 ざるそばとわかめうどんをたいらげたあと、土岐津はオレを東館へと引っ張って行った。どさり。談話室の長椅子に腰かける。 
「実はよ、夏芽から手紙で相談受けてたんだ」   
 まさに弱り切った表情で、土岐津千秋は溜め息をついた。
「最近、銀髪のすっごい美人と会ってるって。何のとりえのない自分に、そのコは飽きずにつき合ってくれるって。あいつ、有頂天になっててさー」
 眉を寄せながら、言葉を継ぐ。
「おまけに、そのコが男だってわかってても止まんねぇみたいで。お前、そりゃ終ってるぞって言ってやったんだけどよ、『でもだめなんだ。千秋兄ちゃん、どうしよー』って泣きつかれるし。正直、どうしたもんかと・・・・」
 土岐津の話を、オレは驚きながら聞いていた。そうか。土岐津と夏芽は知り合いだったんだ。夏芽、やたらと嬉しそうに突っ走ってたけど、裏では相談とかしてたんだ。なんか意外。
「和の国で銀髪っていったら昏くらいだし、昏一族は辺境警備だろ?都に出入りしてる昏ってばお前しか浮かばないし、どう切り出そうか迷ってたんだ」
 どうにも困り切った様子で、同僚は言った。
「なあ嵯峨弥。お前、やっぱ男に好かれるなんて気持ちわりぃよな?なんなら、俺から上手く言ってやろうか?一応兄貴分としては、弟分の行く末が心配だし・・・・」
「いらないよ」
 返事は即答で出ていた。あれ?オレ、ちょっと変かも。でも、夏芽と会えなくなるのはいやだし。
「嵯峨弥、もしかして、お前たち・・・・・」
 ひくひく。引き攣った表情を浮かべ、土岐津がこちらを見ていた。どうやら勘違いしているらしい。
「違うよ」
「あ?」
「なんか早とちりしてるでしょ。夏芽は気に入ってるけど、それだけだよ」
 ぴしりと否定した。そうだよ。夏芽の話には驚いたけど、好きとかいう段階じゃない。
「そうか・・・」
「そうだよ。オレ、まだ好きとかよくわからないし。それにそんな趣味ないよ。ここのおっさん達じゃあるまいし」
「なんだって!」
 なにげなく言ったことに、土岐津がまた食いついた。目をまんまるにしている。
「お前、まさかここのやつらに・・・・」 
「やられてないよ。でも『新人歓迎会』を筆頭に、何度か襲われた」
 事実をそのまま言った。土岐津がずいと退いてる。
「土岐津くらいごつかったらスルーされるだろうけど、ここに来た当初、オレもいろいろ大変だったんだ。こんな顔と身体だし。だから、いたよ。オレをヤッちゃおうって奴。もちろん、ただじゃ済まさなかったけど」
「ひええ」
 ずり。土岐津がさらに退いた。あのね。おまえをとって食うわけじゃないよ。 
「じゃあ、あの時、何人か御影をやめてったのは・・・・」
「大したことしてないよ。ちょっと頭ン中いじって、勃たなくしただけ」
「ひ〜〜」
 土岐津がひしと急所を押さえた。オレは呆れる。だから、おまえじゃないって。
「よ、よかった・・・」
「そうか。そういえばお前、一回触ったものね」
「ひっ!あんときはお前が御影専属のそっちの商売のコかと思って・・・。嵯峨弥さんもうしませんっ。お許しください!」
 思いだしたままを告げたら、全力で頭を下げられた。オレは呆れる。いいよ。もうしないんだろ?なら、いいよ。
「嵯峨弥」
 落ちついたトーンの声がした。顔を上げる。栗色の目にゆるく波打つ同色の髪。こいつは東洞院遥(ひがしのとういん よう)といい、オレと同時期に「御影」に入った奴だ。
「なに?」
「帥(すい)が呼んでるよ。任務だって」
 遥の言葉に、オレは片眉を上げた。帥は現御影長だ。その御影長が呼んでいる。任務。今度は、何の任務だろうか。
「今すぐ?」
「ああ」
「わかった。土岐津、じゃあね」
 告げて、オレは立ち上がった。遥の後に続き、通路を南館へと向かう。しばらくして。
「任務道中、気をつけてね」
 前を行く遥が言った。
「なんで?」
「内々に動いてるって聞いたから。きみの一族」
 オレは拳を握った。何を企んでいるのか知らない。でも奴らの目的は把握している。
「どうして遥が知ってるの?」
「さあね。ぼくにはぼくのルートがあるのさ」
「・・・・・」
 軽く警戒する。遥は土岐津と違う。開けっぴろげで裏表のない心ではない。術で遮蔽してるから、何を考えているのかも分かりにくい。
「嵯峨弥もいろいろと大変だね」
「・・・・それは、みんな同じだろ」
 ぽつりと投げられた言葉に、低い声で返した。
「まあ、それはそうだね」
 何でもないように答えて、それきり遥は口を閉じた。オレも黙り込む。二人無言のまま歩き続け、ほどなく御影長室へと着いた。
「御影長、嵯峨弥を連れて参りました」
 遥が声を掛ける。中からいらえがあった。
「嵯峨弥」
「わかってる。嵯峨弥、入ります」
 握りこぶしを外せないまま、オレは御影長室の扉を開けた。