昏一族はぐれ人物語 〜少年編〜   
by (宰相 連改め)みなひ




ACT22

 オレは間違っていく。
 多くを望んだわけではなかったのに。
 戻れない道を、どんどん進んで。 
 暁を消し。
 出雲を殺め。
 夏芽を・・・・。


 全てが終わった時、夏芽は空を見上げていた。見開かれたままの瞳。うつろな。瞬きもない。
「夏芽」
 不安で名前を呼んだ。答えはない。真っ黒な目を覗きこむ。僅かに潤んだその中に、必死な顔のオレがいた。
「ごめん。ごめん・・・・夏芽」
 声が震える。詫びて済むものではない。自分が何をやったか、誰よりも知ってる。だけど。
 オレは夏芽を引き止めたかった。どうしても離れたくなかった。だから自分を止めなかった。そんなの、理由にならないのに。
「夏芽、何か言って。痛い?苦しい?」
 自分がやったくせに。当たり前だと思いながら訊いた。わかっている。悲鳴でもそしりでもいい。夏芽の声が聞きたかった。 
「・・・さ・・・がみ・・・」
 見つめるオレの耳に、微かに声が届いた。夏芽の声。消え入りそうな。
「なぜ・・だよ・・・」
 言葉と共に、夏芽の目に涙が溢れてきた。目の端を通り、耳をつたって流れてゆく。地面に小さなしみを作って。
「なぜなんだ・・・・よ」
 夏芽が顔を歪めた。伝わる痛み。悲しみ。信じていたのに。大切に思っていたのに。一緒にいたいと、願っていたのに。
「夏芽!」
 力ない身体を抱きしめた。後悔。全身を駆け巡る。オレは夏芽を傷つけた。大切だと言いながら。
『嵯峨弥様』
 出雲の声が聞こえた。出雲にはわかっていたのだ。オレが「昏」であること。夏芽とは違いすぎること。だから、オレ達を試した。
『どうか、御自身の道を』
 出雲はわかっていながらも敢えて、オレたちの意志を大切にした。自分と自分の命を犠牲にしてまで。
『だめだ』
 はっきりと感じた。
『オレは、間違っていたのだ』
 自分のことだけ考えていた。相手の気持ちなど考えずに。出雲や譲ってくれる人々に、甘えてばかりで。
『夏芽と関わっては、ならなかったんだ』
 オレに関わった為に、夏芽はこんなに傷ついて。だから・・・・。

「ごめんね」
 意を決して身体を離した。泣いたままの夏芽が見上げる。まっすぐに見つめ返した。
「オレ、夏芽を苦しめてばかりで・・・・ごめん。でももう、終わりにするから・・・」
 印を組みながら告げた。精神集中。「力」を発動した。夏芽の中を視て。夏芽の中に入り込んで。
 光の中をゆく。視えてくる夏芽の記憶。両親。学び舎。近所の人々。悲しみの記憶。そして真新しいところに刻まれている、オレ。
『ありがとう』 
 夏芽の心に感謝した。自分勝手だったのに。夏芽にひどいことしか、できなかったのに。こんなオレを、夏芽は好きになってくれた。
『ここだ』
 心の核に降りたつ。そっと夏芽の心に触れた。触れた部分から長く思念の手を伸ばして。

 今から消す。
 夏芽の中のオレを、跡形もなく。
 夏芽を壊してしまうだけなら、オレはいないほうがいい。
 オレがいなくったって、夏芽は生きてゆける。

 他の部分を傷つけないよう、オレは極力気をつけて刈り取っていった。夏芽の記憶の中の自分を。オレの顔。オレの姿。オレとの日々を。全部。
 最後にオレへの想いを断ち切り、オレは夏芽の心の傷口を閉じた。ゆっくり、表層意識へと上がってゆく。
 オレが中から抜け出た後、夏芽は意識を失っていた。閉じられた目。更に幼く見える顔。
『ごめん。そして、さよなら』
 オレは唇を噛み締め、固く夏芽を抱きしめた。