昏一族はぐれ人物語 〜少年編〜   
by (宰相 連改め)みなひ




ACT21

 夏芽がいる。
 夏芽が見ている。
 血に濡れた、オレを。


「おまえ、嵯峨弥だよな?」
 夏芽は困ったようにオレを見ていた。オレは出雲を抱いたまま見上げる。
「うん。その顔は嵯峨弥だ。髪の毛とかなんか汚れてるけど、確かに嵯峨弥だ」
 ホッとしたように夏芽は言った。ガリガリと頭を掻く。
「嵯峨弥、聞いてくれよ。なんかおれ、今日は変だったんだ」
「変?」
「そう。やっと学科試験が終わったなーって家に帰ってきたら、知らないおじさんがいてさ。いきなり眠らされちゃったみたいなんだよ。起きたらいつもの練習場所いるし、おじさんおれに小刀押しつけてさ、脅すんだぜ?おまえに近づくなって」
 まるで夢物語でも話すように、夏芽は自分に起こったことを話した。
「・・・で、どうなったの?」
「え?どうって、おれ頑張ったんだぜ? 殺されちゃうかもって思ったけど、いやだって、嵯峨弥といるのやめないっておじさんに言い返したんだ。そしたら、また意識とんでてまいったよ。でも、ここからが更に変なんだ。二回目に起きたらおまえがいてさ、首絞められてるんだ。びっくりしたよ。で、駆けろうとしたら目の前が真っ赤になって・・・・・変だろ?」
 ポリポリと頭を掻きながら、夏芽は言った。オレは曖昧な返事をする。夏芽は気づいていない。混乱しているのだ。いろいろなことがあり過ぎて、目の前にある状況を受け入れられなくなっている。否。あり得ないと信じたいのかもしれない。ならば、気づかないうちにこの場を離れなくては。 
「それは、変だね」
 できるかぎり普段通りの顔を作りながら、オレは言った。さりげなく、そっと出雲の身体を地面に横たえようとする。その時。
「そういや嵯峨弥、すごく汚れてんな」
 夏芽が言った。オレは息を詰める。
「あっちこっちドロドロだぞ。どうしたんだよ」
「なんでもない」
「なんでもってことはないだろ?服も髪もべったり何かついて・・・・・あれ?血のにおいだ。どこかな・・・・」
 夏芽は辺りをキョロキョロと見回した。血臭のもとを探している。まずい。早く移動しなければ。
「夏芽、帰ろ」
「どうしてかな、そういやすごく生臭い。まるで、演習時に食料確保で獲物さばいた時みたいだ」
「ねえ、家に帰ろうよ」
「おかしいな。獲物ってどこにも・・・・・って、嵯峨弥、その人寝てるの?」
 ふいに夏芽は出雲を指差した。不思議そうに見ている。オレはぎくりとする身体を抑えながら返事した。
「ん?うん。ちょっと・・・」
「ふーん。でもあれ?この人あのおじさんだよ。この人も汚れて・・・・」
「帰ろ!」
 出雲に近づこうとする夏芽に、オレは駆け寄って押し止めた。見てはいけない。気づいちゃだめだ。
「そうか!わかった、血だ。おじさんケガしてるよ!早く助けないと・・・・」
 言いながら夏芽はオレを押し戻そうとした。動きが急に止まる。ゆっくりと顔がこちらに向いて。身体が震えだして。
「・・・・死んでる」
「夏芽」
「おまえも、血のにおいがする」
「夏芽!」
「どうして・・・」
 視える混乱。夏芽の中にある疑問に、オレは答えることができなかった。横たわる沈黙に、夏芽の心が大きく揺れる。
「まさか・・・おまえが?」
 不安。夏芽の中に生まれた。別のものに変わって。
「・・・うそだよな?」
 問いかけ。身体が震えてしまった。その事実が夏芽に真実を伝える。夏芽の顔が、みるみる強ばっていく。
「夏・・・」
「触るな!」
 引き止めようとした伸ばした手は、ぱしりと振り払われてしまった。

『いかないで』
「・・・いやだ」 
 恐怖が夏芽の中で息づく。どんどん夏芽の心を占めて。
『オレにはもう、夏芽しかいない』
「こっち・・・・来るな」
 一歩。二歩。じりじりと夏芽が後ずさってゆく。オレを怖れて。オレから離れる為に。
『夏芽だけなんだ』
「来るな!」
 オレが一歩を踏み出した瞬間、ゴウと痛いまでの風が吹いて、夏芽が背を向け走り出した。

 夏芽がいく。
 夏芽がいってしまう。
 いやだ。

「うわっ!」
 身体が動いた。地を蹴り、揺れる背中を捕らえる。羽交い締めにして地面へ転がった。身体を返して、夏芽の両腕を押え込んだ。
「やだ!いやだああぁ!」
 夏芽が暴れる。恐れ戦く瞳。何とか逃げようともがいている。オレから、逃れようと。
『どうすればいい』
 途方にくれた。
『このままじゃ、夏芽はいってしまう』
 オレの手の届かないところへ。
『夏芽を離したく、ない』

「!」
 抵抗を封じる。答えはすぐ出た。
 ・・・・・・間違い過ぎた答えだった。