昏一族はぐれ人物語 〜少年編〜   
by (宰相 連改め)みなひ




ACT20

 手加減など出来るはずもなかった。
 印一つ組まずに、オレは出雲を切り裂いていた。


 赤いものが舞う。木々に、地面に降り注いで。 
 ずさり。
 出雲の身体が地面に崩れた。その音でオレは、我に返る。
「出雲ッ!」
 思わず駆け寄った。すぐ近くまで来て、目に映るものに息を呑む。横たわる身体。肩口から胸にかけて、大きく裂かれていた。
「しっかりして、出雲!」
 抱き起こして呼んだ。目の前の顔が僅かに歪む。切れ長の蒼眼がうっすらと開いた。
「出雲!オレ、止められなくて・・・・今止血するから!」
 混乱しながら装備を探った。早く、早く血を止めなければ。持っていた止血布を傷口に押しあてる。それでは一向に追い付かず、布と手はみるみる赤く染まった。
「畜生!」
 焦りながら叫んだ。出血が止まらない。このままじゃ・・・・そうだ、御影研究所へ。
『およしください』
 転移術の印を組むオレに、遠話が投げられた。腕の中の出雲が、オレを見ている。
『手当ては無駄です』
 出雲は軽く笑んでいた。痛いはずなのに。血がいっぱい出ているのに。オレのよく見知った笑顔で。
『強く、なられましたね』
 出雲の遠話に、がくがくと身体が震えた。首を振る。涙が溢れて。
『お見事・・・でした』 
 もう分かり始めていた。止まらない血。白くなってゆく出雲の顔。出雲が、いってしまう。
「出雲っ!」
『嵯峨弥様』
 ゆるゆると手が伸びてきた。血塗られた指が、頬に触れる。
『どうか、御自身の道を』
 最後の言葉を振り絞り、ぱたりと出雲の手が落ちた。オレは呆然と見つめる。
「・・・・うそだろ」
 否定の言葉。信じられなかった。だけどそれもすぐに打ち消される。自分が感じてしまうものに。
「・・・やだ」
 出雲の意識が薄れてゆく。心の遮蔽が外れて。死に向かう刹那に、開放された出雲の心が、オレに流れ込んでくる。
「そんなの出雲、やだよ」
 取り戻そうと身体を揺すった。伝わってくる出雲の意志。出雲の想い。言葉にならずに首を振った。ばかな。どうしてそんなことを。どうして、オレなんかのために。
 記憶が巡る。いつも見ていてくれた。いつも支えてくれた。辛い時も。寂しい時も。優しい人達を一気になくしてしまって、苦しかったあの日々も。出雲はオレの傍にいてくれた。でも。
「いやだ!」
 全てが遅かった。飛散するように、出雲の思念が消えてゆく。
「出雲・・・・・いずもっ!」
 動かない身体を抱きしめ、オレは叫ぶしかなかった。

 戻らない。
 大切な人だったのに。
 この手で殺めてしまった。

 溢れくる涙が、出雲へと落ちてゆく。腕の中の出雲は、僅かに微笑んでいた。
『どうしてだよ』
 冷たくなった出雲に、オレは問いかけていた。どのくらいそうしていただろう。今では、時間の感覚もなかった。
『オレなんかのために・・・・ばかだよ』
 流れ込んだ出雲の記憶は、オレに様々なことを告げた。どうして出雲は夏芽を掠ったのか。掠った夏芽をどうしたのか。夏芽を追ってきたオレを、どうするつもりだったのか。
 出雲は確かめたかったのだ。夏芽にオレと生きてゆく覚悟があるのか。オレが何もかも振り捨て、夏芽を助けに来るのか。そして自分をも葬り去る位、オレは強い気持ちでいるのか。
 だから夏芽のことは長戸には報告せず、昏の村に帰らなかった。ずっと見守っていたのだ。
『期待に応えなかった奴なんで、放っておけばよかったんだ』
 「昏」として生きるオレと生きていくこと。それが出雲の願いだった。出雲は切望していた。オレが父から受け継いだこの「力」を、惜しげなく表に出していくことを。だけど。
 オレはそれに応えなかった。
 だのに。
 出雲は教えてくれたのだ。命まで費やして、オレに。
 最後に出雲が教えたもの。それは昏同士の実戦だった。常では禁じられている同族同士の戦い。けれど出雲は、昏と交わる意志のないオレには、いずれ必要になると考えた。 
 出雲の残した想い。最後までオレを案じていた。オレの意志を大切にしてくれた。オレは何もしなかったのに。何もしようとしなかったのに。我を通し、出雲の気持ちも考えず、自分の思いだけに捕われて。
「ごめん、出雲」
 胸が詰まる。出雲を抱きしめた。その時。
「・・・・・嵯峨弥」 
 声にぎくりとした。顔を上げる。オレは硬直した。
 目の前に、夏芽が立っていた。