昏一族はぐれ人物語 〜少年編〜 by (宰相 連改め)みなひ ACT18 どさり。 暁の身体が崩れた。オレは膝立ちのまま、意識を失った暁を楽な状態に寝かせる。濡れた頬を掌で拭った。閉じた瞼を覗きこむ。 少しでも楽に・・・・なってればいいな。 無言で問いかけるオレに、暁は安堵の表情を浮かべていた。昏周の幻を見た名残かもしれない。もしくは、待ちつづける必要がなくなった所為かも。 じゃあ、オレ行くから。 心で言って、ゆっくりと立ち上がった。出口を目指す。両手で印を組みながら。 「解」 次々と解けてゆく。何重にも張った封印結界。もう誰も閉じ込めなくていい。暁はいなくなった。今あそこにいるのは抜け殻の少年。これから人としての生活を吸収するのに、何年も掛かるだろう。 「終ったよ」 呟くように落とせば、鉄の扉が音を立てて動いた。徐々に開いてゆく。 「おかえり」 「ご苦労だった」 扉の向こうでは、遥と帥が並んで迎えていた。オレは黙って前に進む。 「どう?」 「任務は遂行したか?」 実験室を出るオレに、二人は矢継ぎ早に訊いてきた。無視して二人の間を通り過ぎる。いきなり腕を取られた。 「おい」 「やれることはやったよ」 「では、昏周の記憶は・・」 「消してない」 「何ッ!」 事実をそのまま答えたら、帥が声を荒げた。遥が息をのむ。殺気立つ人達。伝わる混乱と不安。 「嵯峨弥。彼の記憶を消さなければ、どういうことになるかきみにもわかってるよね?その上で君は、消去しなかったというの?」 「うん」 確認する遥に、オレはこくりと頷いた。取られた腕がぐいと引かれる。目の前に、御影長の男が迫る。 「貴様ッ!何を考えているのだ!あいつの念が、開放されるのだぞ!」 「わかってるよ!」 声を張り上げオレは断じた。帥を睨み据える。譲る気などなかった。 「わかっている。それでも消さない。そんなことしたら、あいつは生きてゆけない。ならば、いっそ殺してやればいいんだ!」 掴まれた腕を払いながら、オレは叫んだ。帥が息を詰める。 「その方が、暁だって・・・・」 奥歯を噛みしめる。オレは踵を返して歩きだした。前方、鴫という研究者を目指す。 「お手数をお掛けしました」 近づいたオレに、眼鏡の研究者は静かに言った。真摯な表情。 「暁は、あいつはこれからどうなるんですか?」 「上層部の指示通り、別の人格を植えつけることになります。いわゆる洗脳ですね。その後は、残念ながらあの能力です。普通の環境には戻せないでしょう。特殊機関でないと、周りが適応できないでしょうね」 「そう・・・・」 淡々と述べられた言葉に、ぽつりと声が漏れた。目を閉じる。 「鴫さん」 「はい」 「洗脳って、何年位かかるの? オレは目を開き、研究者に訊いた。暁はもう暁ではない。暁であることは許されないのだ。だから、別の人間に造られる。 「わかりません。彼は『昏』の力により、大規模な『操作』を受けました。覚醒するかどうかも今の所不明ですし、したとしても彼の体力は著しく低下しています。成長も止まっていますし・・・・。身体を回復させた上での人格形成、更に一般知識や術の知識の習得となると、かなりの年数を要することになるかと思います」 擦り落ちた眼鏡を指で上げながら、鴫さんは告げた。オレはひしひしと自覚する。自分の所業を。 「嵯峨弥さん」 「え?」 「すみませんが、『操作』の内容を伺ってもいいですか?」 自分の思いに沈むオレに、声が投げられた。ハッと顔を上げる。動じない目で、鴫という研究者が見ていた。 「あ・・・うん」 「あなたは昏周の記憶は消していないと言いましたが、現時点、暁を取り囲む念は消失しています。彼をどう、『操作』されたのでしょうか?」 眼鏡の奥の目が、真っ直ぐにオレを見つめていた。逃げない目。怖れず事実を受け入れようとする表情。オレは大きく息をすいこみ、ありのままを告げた。 「昏周の記憶は、封印した」 「封印?」 「ああ」 研究者の目が先を促す。オレは言葉を続けた。 「鍵がない限り、あの封印は簡単には解けないと思う。昏周とのこと以外で、あいつが幸せだと思った記憶を鍵にした。あの季節あの環境あの人物。全てが揃わない限り、封印を解く鍵にはならない」 もしオレ以外で封印を解ける者がいるとすれば、それはオレ以上の『能力』の持ち主。もしくは、鍵となったあの少年。 『あの人だけじゃないよ』 暁の記憶にあった茶色の髪の少年。あれはクーデターの前の記憶だった。あの少年が今、生きているのかどうかもオレは知らない。そしておそらく御影でしか生きられないだろう暁が、ごく普通だったあの少年に会う可能性は極めて少ない。 「わかりました。あなたは暁の記憶を封印した。しかし残念ながら、完全な処置とは言えない部分があります。ですから、一つだけ聞かせて下さい」 幾分固い声で、鴫さんが言った。オレは頷く。 「もし万が一、あなたの設定した鍵が開いた時は、どうされますか?」 質問。その可能性がないとは言えなかった。そのことについても考えた。暁の記憶が戻った時。記憶が戻った暁が、他者に危害を及ぼす時。 「その時は、オレが始末をつけます」 こぶしを握り宣言した。覚悟する。暁を始末する。たぶん、その時は二人とも死力を尽くすことになるだろう。あいつの中に視たあの「闇」。強大な破壊能力。生半可な「力」では止められない。それこそ、生命活動自体を止めないと。 「嵯峨弥さん」 「あいつを、宜しくお願いします」 一礼して、オレはくるりと身体の向きを変えた。出口を目指す。胸に渦巻く感情。早く、この場から離れたい。 「どこへ行く」 帥が呼び止めた。 「任務は終わった。帰る」 振り向き御影長の男に告げた。このままここにいるわけにはいかない。油断をすれば、自分を取り巻くこの気持ちが、ここの全ての人を巻き込んでしまう。 「暁のことは心配しなくていいよ。あいつはもう、暁じゃない。鴫って人も言っただろ?すぐには目覚めないって」 「だが・・・」 「ぼくが残ります」 帥の言葉を遥が遮った。 「御影長もご存じの通り、暁の『念』は殆ど感じられなくなりました。この状態であれば、何かあっても符で抑えることは可能です」 「遥」 「それとも、御影長はこの二年の間、彼を符で抑え続けたぼくの力を御疑いですか?」 遥の問いに、帥は押し黙ってしまった。少し考え、渋々口を開く。 「仕方ない。よかろう」 「ありがとうございます。では、彼を送って参ります」 御影長に一礼して、遥はこちらに向かって来た。オレの背を押し研究室を出る。がしゃり。扉が閉められた。 「ごめん。・・・・・助かった」 通路を歩きながら、オレは遥に告げた。遥がこちらを向く。 「謝るのはこちらだよ。すまない」 栗色の目を伏せ、遥は返した。オレは戸惑う。どうして、遥が謝るの? 「全ては大人たちが始めたことなんだ。なのに、自分達では手に負えなくなって・・・・。一番嫌な部分を、きみに押しつけてしまった」 「遥・・・・」 「どうか気に病まないで欲しい。きみは自分にできる限りのことをしたんだ。上からの命に従って」 「違うよ」 思わず否定した。遥が目を見張る。 「それは違う。遥、確かにオレは御門から命を受けた。それでも、自分の意志でオレは暁を封じた。あいつが一番大切にしていたものを・・・・・取り上げたんだ」 頭では分かっていた。「仕方がない」と。「こうするしかない」と。でも、自分が行った事実に、変わりはない。 「けれど、そうしないと彼は生きられなかった。まわり全てを道連れに、滅ぶしかなかった」 「生きる?あれが生きているの?暁じゃないのに。自分と全てだった昏周を、取り上げられてしまったのに!そんなの傲慢だ!あいつが望んだことじゃない!」 叫んでいた。溢れ出す感情。止められない。 「あいつは望んでなかった!」 「嵯峨弥!」 がしりと両肩を掴まれた。顔を上げる。目の前に、栗色の瞳。 「落ちついて。自分を責め過ぎちゃいけない。彼の件は術がなかった。どうしようもなかったんだ。きみ一人で背負わなくていい。考えては駄目だ!」 「いやだ!」 遥の手を振り払い、オレは駆け出した。全力で外に出る。後ろに、遥の引き止める声。 『忘れてはいけない』 暁。あんなに大切にしていた。 『許されていいわけがない』 ただ一人の人を求めて、待ち続けて。 『オレは、暁を消した』 一昼夜走り続けて、気がつけばオレは夏芽の家に来ていた。小さな家を見上げる。まだ試験が終わってないかもしれない。迷惑かも。それでも。 一目だけでもいい。 夏芽に会いたい。 意を決し、叩いた扉の奥からは、何の返事も返らなかった。 気配がない。 鍵が開いたままの家に入ったオレは、一通の手紙を見つけた。表書きには自分の名前。 「・・・・嘘だ」 目を疑う。出雲の字。そこには見慣れた達筆で、夏芽を拉致したことと、オレを呼び出す内容が記されていた。 |