昏一族はぐれ人物語 〜少年編〜 by (宰相 連改め)みなひ ACT2 あまりに素直な気に近づく。そこには少年がいた。 「いくぞ、えいっ!」 同じ年、いや一つ二つ位年上だろうか。黒くて大きめの目。バサバサ気味の黒髪。それを首の後ろで、無造作にひっ詰めている。 「結!」 少年は印を組んでいた。あれは、結界印。 そりゃ、無理だよ。 少年の手元を見て、オレは思わず突っ込んでしまっていた。すでに半分感心してしまっている。少年は結界を張ろうとがんばっていた。だが、そいつの繰り出す手印はあまりにもたどたどしくて、高めている気も無茶苦茶な波長だった。 どうする?あれじゃ、いつまでたっても結界なんか張れないよ。 オレは感心通り抜けて、何だか心配になってしまった。そいつは姿格好から、どうやら学び舎の生徒らしい。しかし、繰り出す印と練る気は結界には遠すぎた。 「うわぁ!」 そうこうしているうちに、ぱしんと音がして、そいつが弾き飛ばされた。失敗だ。無理もない。あの手印だもの。 「よっと、わっ!」 飛んできたそいつを受け止めようとして、自分以上の体重に押された。どすん。そいつの下敷きになった形で、地面に雪崩れ込む。 「痛・・・」 「あっ、ごめんっ!」 背中をしたたか打ったオレの上から、そいつが慌てて飛び退いた。真っ黒な目が視界に広がる。 「大丈夫?」 「・・・・・・・・」 「なあっ、大丈夫かっ!」 「・・・・・・そんなわけないだろ。痛いよ」 必死の形相でのぞき込むそいつに、ぼそりとオレは返した。「御影」のくせ受け止めきれなかった。そのことがかっこ悪い。自然と口調もぶっきらぼうになる。背中を打ったためかゲホゲホと咳が出て、目の前の相手がわたわたと慌てた。 「ごめんな、立てるか?ここだったら誰も来ないと思って、結界術の練習してたんだ。どうしよう、どこが痛い?」 「触らないでよ」 いきなり背中をさすりだしたそいつの、腕から逃れて抗議した。警戒して立ち上がる。同時に相手の方が、自分より少しだけ背が高いことに気づいた。 「どうして触るの?」 「ええっ?ごめん!だって咳してるし、ケガしてないか確かめようと思って・・・」 「だからって直接触らなくてもいいだろ?異常がないか聞けばいいじゃない」 「あ!ああっ、そうだよな。おれときたらいきなり触って。これじゃ危ない人だよ。違うんだっ!おれ、変な人じゃないよー!」 自分で勝手にパニックしてるそいつを、オレはあっけにとられて見ていた。なにもそこまで言ってないのに。どんどん話が進んでいく。なんだよこいつ。 「あ、ああのおれ!痴漢とかそんなのじゃないんだ!つい手がっ・・・ごめんっ!」 ペコペコと米つきバッタよろしく謝られ、ついに吹き出してしまった。なんだかおかしい。いくら咳してるからって、いきなりベタベタ身体触るのも変だし、話が勝手に進むのも変だよ。十分変な人じゃん。 「えーっ?なんで笑うんだよ〜」 笑いの止まらないオレを前に、そいつはおろおろと困っていた。オレはまたおかしくなる。困るのはこっちだろ?なんでわかんないんだろ。オマエがおかしいからだって。それにしてもこいつ、オレの姿見ても驚かない。否、謝るのに忙しくて、驚く暇もないのかな? 「もういいや。そんだけ笑えるんだったら、ケガなんてないよな」 笑い続けるオレを横目に、ふてくされた顔でそいつが言った。伝わる思考。プライドの部分がチカチカしてる。怒ってるんだ。 「おれ帰る。じゃあな」 「待ってよ。逃げるの?」 「逃げてなんかないよ!おまえが笑うからだろ」 「おかしいからじゃない。それに、痛いとこあるよ」 「えっ、ほんと?」 「うん。背中。当たり前じゃない。アンタの下敷きになったもん」 「あっ、そうか!」 がらり。そいつの赤色だった頭の中が意識が急に青くなった。しゅんと小さくなってゆく。 「・・・すまなかった。結界が暴発して・・・」 しおしおと萎縮する姿に、言い過ぎたと気づいた。もうやめよう。こいつのせいじゃない。オレが勝手に助けに行ったんだ。 「いいよ、たいしたことないし」 うなだれる姿に告げた。痛いけどケガもしてない。いろいろオロオロするの見て、けっこう楽しかったし。 「オレ帰る」 「えっ」 「気にしなくていいよ。バイバイ」 言い捨て立ち去ろうとして、不覚にも腕を取られた。なんだという間に、ずるずる引きずられる。 「なにすんの!」 「いいから、ちょっと来て」 オレの意志を丸ごと無視して、そいつは近くの木まで歩いていった。やっと手を離したかと思えば、木の根元にある荷物をごそごそと探っている。 「はい」 差し出されたものを呆然と見つめた。妙に大きくて、不格好な物体。玄米と雑穀でできてるみたいだけど、こんなの初めて見た。 「これ何?」 「失礼だな、握り飯だよ。形悪いのは仕方ないだろ?おれが作ったんだから」 どうやら本人が言うとおり、その物体は握り飯らしかった。オレは目が点になる。これを、どうしろって? 「やるよ」 「へ?」 「詫びの代わり。おれ、これしか持ってないから」 再びぐいと差し出されて、反射的に受け取ってしまった。まだほんわかと温かい、大きすぎる握り飯。 「おまえの母ちゃんより下手だと思うけど、勘弁な。おれんち、父ちゃんも母ちゃんもいないんだ」 「・・・・・」 告げられた言葉は、真実そのままを告げていた。目の前の少年は、三年前のクーデターで両親を失っている。 「オレもそうだよ」 「へ?」 「オレも三年前、二人とも死んだんだ」 視えてしまったものの代わりに、自分の事実を告げた。そいつの黒目がちの大きな目が、落ちてきそうに見開かれる。ついで、真顔になった。 「そうか・・・同じか」 「・・・うん」 伝わってきたもの。胸にことりと落ちた。広がる波紋。大きくなって。 「ごめんな。やなこと思いださせちゃったな」 悲しみがいっぱい視える心で、そいつは下手くそに笑った。 「別にいいよ。本当のことだし。じゃあ、行くから」 オレは一歩を踏み出した。御影宿舎に帰ろうとして、また呼び止められる。 「だから、なに?」 「おれ夏芽って言うんだ。いつもここで練習してる。おまえ、なんていうの?」 「嵯峨弥」 考える暇もなく、口から名前が飛び出していた。自分でも驚く。警戒もなく、本名を教えてしまった。 「サガミかぁ、いい名前だな。似合ってるよ」 にっこり。くったくのない笑顔で夏芽は言った。オレはどう言っていいかわからなくなる。いい名前。オレの名字、昏なのに・・・・。 「おまえ、きれいだもの」 男のオレに言ったらまずいだろうと思われる台詞を、夏芽は恥ずかしげもなく付け加えた。オレはさらに混乱する。どうにもその場にいられなくなって、急いで御影宿舎に帰った。 なんだか、変な気持ちだった。 |