| 〜プロローグ〜 『嵯峨弥、顔を上げろ』 昔、項垂れてばかりいたオレに、あの人は言った。 『焦らなくていい。“昏”の力は、必ずお前にも訪れる』 銀髪蒼眼。強くしなやかだった気。穏やかな笑顔。 『お前が本当に守りたいと思うものを、見つけた時に』 その人には誰もが惹きつけられた。一族で最強の力を持ち、御門の右腕とも呼ばれた人。オレにとっては父さんと同じくらい、憧れの人だった。 『叔父上』 『案ずるな。時を待て。いいな?』 『・・・・はい』 その頃のオレといえば、「昏」の力の片鱗も出せなくて、あの人はおろか父と行動を共にすることさえ許されなかった。里で母と待つだけの日々。両親は気にしなくてもいいと言ったけど、一族直系の血を引きながらも「力」の芽さえ出なかった自分が、情けなくて仕方がなかった。 『ではな。いくぞ、暁』 『うん』 あの人はいつも、黒髪黒眼の少年を傍においていた。少年は「昏」ではなかったけれど、一族に匹敵する力を持っていると言われていた。 オレは羨ましかった。 昏一族の英雄、昏周(こん あまね)と一緒にいられる少年。 並外れた力を持つという少年。 暁(ぎょう)という、その少年が。 十三になった時、オレの「力」は開花した。けれど。 それは一番守りたかったあの人と、両親を失った後だった。 昏一族はぐれ人物語 〜少年編〜 by (宰相 連改め)みなひ ACT1 葉の落ちた木々を渡る。流れゆく景色。もうすぐ、最近見つけたあの場所だ。 ある任務明けの午後、オレは森を駆けていた。休みは一人、お気に入りの場所で過ごす。それが御影宿舎に入ってからの、オレの唯一の楽しみだった。 「よっ、と」 少し離れた枝を狙い、大きくジャンプした。足を止めて見渡す。小春日。晴れた空に暖かい日差し。風もまあまあ、強くない。 今日は昼寝だ。きまりだな。 早々にこれからの予定を決定して、オレはまた走り始めた。心持ちうきうきしている。ゆっくり昼寝なんて、もう二月もしていない。 さて、どの木にしようかな。 程なく例の場所にたどり着き、オレは手ごろな木を探した。本当はもっと平らなところで寝たいけど、さすがに直接地面で眠るのは危険だ。 あれがいいか。 枝振りのよさそうな一本を選んで、オレは枝に飛び上がった。ここなら見晴らしもいいし、周りの針葉樹がうまく姿をカモフラージュしてくれる。 うん。ここだと静かそうだ。 枝のつけ根に腰を降ろし、フウとオレはひと息ついた。意識の遮蔽を解く。流れ込むのは風の音。動物の声や植物達のざわめき。 ああ。人間以外っていいよな。 大きく息を吸い込み、しみじみとオレは思った。動物や植物達はいい。生きることにひたむきな意識。自分が生きる為に、必要なこと以外考えない本能。それらは無差別に他者の思考が視えてしまうオレにとって、数少ない安らげるものだった。 三年前。 「御影」に入ってすぐ、オレの昏としての「力」は発現した。きっかけは新入りの「歓迎会」。初めて味わう力ずくの行為に、潜在されていたものが自己防衛として現れたのだ。 昏としての「力」。あれほど望んだものを得たオレだったが、それを手放しで喜ぶことはできなかった。確かに身を守ることはできたし、それによって「御影」内で自分の位置を確立することは出来た。けれど。 昏の能力は、オレに様々なものを視せてしまった。人々の思考。批難。妬みや嫉み。向けられる欲望。それらは自分の意志とは無関係に、オレの頭に飛びこんできた。 少しでいい。僅かな時間でいいから、静かに過ごしたい。 頭の中を踏み荒らす他人の思考に、オレは半分疲れていた。もちろん今では他人の思考を遮蔽して、自分に視せなくする術も身につけている。「御影」の中には何人か、術で自分の思考を視られないようにしている奴もいた。それでも不快な種がなくなったわけではないし、発信源は多過ぎた。 父さん達がよく、「視えなくていいこともある」とか言っていたけど。その通りだよな。 枝に背を持たせかけ、そっとまぶたを閉じる。思いだすある事柄。それは、同族がらみの事だった。 『嵯峨弥。お前は“昏”の一員だ。御影をやめ、“昏”の村に帰ってくるのだ』 オレが正真証明の「昏」になったと知るや、一族の総帥、昏長戸(こん ながと)はそう言ってきた。オレに能力の欠け片も見られなかった時代、こちらを見向きもしなかった人が。 『お前は大切な存在なのだ。お前も周(あまね)と同じ血が流れている』 どうしてオレを必要とするのか。それは一目瞭然だった。オレではない。伯父は未だ叔父である昏周に執着している。 『わかってくれ嵯峨弥。お前は周によく似ている。昏の血を継ぐ者として、私にはお前が必要なのだ』 切々と訴える言葉。時折遠話で届いた。伝わってしまう自分がイヤになる。もちろんオレだって昏の英雄、昏周を尊敬している。だけどオレは、昏周その人ではない。だから知りたくなかった。伯父が必要なのは「昏」。大切なのは「周」。甥である「オレ」ではないこと。 『嵯峨弥、兄上も大変なのだ。許してくれ』 能力のなかった時代、伯父の態度に傷つくオレに、父はそう言っていた。オレの父である昏近江(こん おうみ)は、昏長戸の実弟で昏周の実兄である。父は昏として秀でた能力者ではなかったが、それでも優しく思慮深い、大切な人だった。 『兄上は昏の総帥として、一族の行く先を考えてゆかねばならない。だから、個人としての感情は二の次なのだ』 思い出す困ったような笑み。父は周りを推し量りすぎて、自分を犠牲にしていた。そして彼は弟である昏周と共に、和の国の為に殉じた。残された母は病弱で、父の後を追うように他界。天涯孤独となってしまったオレは一族にもいられず、自分の居場所を求めて「御影」に志願したのだ。 遅いよ。 一人、ため息をつく。 こんな能力、あったってもう遅い。今更求められても、ただ虚しいだけだ。オレの大切な人は、もういない。全部遅すぎたんだ。でも、それを言っても始まらないし・・・・って、あれ? つらつらと綴っていた思考は、突然感じた気配に遮断された。無防備な気配。こんな森の奥に来るなんて。無謀だよ。ここは都を守る結界が甘いから、他所の奴らが潜んでるのに。 気づいてしまった以上放置することもできなくて、オレは腰をあげた。感知して場所を確かめる。タンと枝を蹴り、その気配に近寄っていった。 |