昏一族はぐれ人物語 〜少年編〜   
by (宰相 連改め)みなひ




ACT19
 
 なぜ?
 どうして? 
 考えても考えても答えがでない。
 何故出雲が・・・・・夏芽を?


『御友人は出雲がお預かりしました。お二人の鍛錬場所で、お待ちしております』
 全力でその場所へ向かう。出雲の手紙は短いものだった。
「・・・くそっ!」
 やり場のないものが込み上げてきて、言葉を共に吐き捨てる。理解できなかった。自分の知っている出雲は、こんなことするはずがない。
『それでは』
 あの時、出雲はそう言った。もう昏の村に帰ったと思いこんでいた。
『お許しを』
 抱きしめられた腕。肌のぬくもり。布ごしに伝わってきたのに。
『お元気で』
 穏やかな声。わかってくれたのだと思った。出雲だから。ずっと一緒にいてくれた出雲だからと。それ故、苦しめてしまったことに胸が痛んでいた。
 念じる。何かの間違いであってほしいと。なにか、出雲が夏芽を連れていかねばならない理由があるのだと。そうであってくれと願いながら、オレは走り続けた。


「お待ちしておりました」
 特訓場所についたオレを、出雲は常と変わらぬ様子で迎えた。
「夏芽はどこ?」
「あちらに。ご心配はいりません。面倒がないよう、おとなしくして頂いているだけです」
 辺りを見回して訊くオレに、出雲は後方を指差して答えた。差された指の先に、夏芽が横たわって眠っている。
「出雲」
「はい」
「なぜなの?教えて。まさか、長戸伯父が・・・」
「いいえ」
 動揺するオレの問いを、出雲は途中で遮った。視線を逸らさず見つめる。
「長戸様には関係ありません。これは、出雲の意志です」
「どうして!」
 冷静に答える出雲に、思いきりオレは叫んでいた。身体を駆け巡る感情。出口を求めて暴れ回る。震える身体。
「夏芽は関係ないだろ!なんで巻き込むんだよ!」
「無関係ではありません。彼は、あなたに関わりました」
「そんな!」
「お忘れですか?あなたは『昏』なのですよ」
 告げられた言葉に自覚した。オレは「昏」。他人の頭を覗き込み、意のままに操作できる一族。
「『昏』に関わると言うこと。それが、どういうことを意味するのか、分からぬあなたではないと思います」
出雲が告げる。オレは返す言葉がない。そうだ。オレは知っていた。それを、認めたくなかっただけで。 
「・・・・帰ればいいの?」
 声を絞りだした。
「そうなの出雲。オレが帰れば、夏芽を戻してくれるの?」 
 必死で問いかけた。出雲はオレが一族へ帰ることを望んでいたから。出雲はオレが「昏」に戻ることを願っていた。「昏」でありつづけることを。
「だったら・・・・帰る。『昏』に戻るよ。だから・・・・」 
 声を震わすオレを、出雲は静かに見つめていた。すっと、切れ長の目が閉じられる。
「あなたは・・・・・本当にこの少年が、大切なのですね」
 少し困っているような微笑み。染み入るような声で出雲は言った。オレは更に混乱する。何故。出雲はいつもと同じ表情なのに。殺気だって感じない。他者の気配も感じない。術も符も出雲を操っていない。たしかに出雲なのに、思考だけが視えない。
「だからこそ、彼には消えてもらわなければならない」
 言葉と同時に、凄まじい殺気が湧き起こった。オレは身構える。まさか、そんな・・・。
「お取り戻しください」
 凛とした声で出雲は言った。
「彼が欲しくば、あなた自身の力で」
 印が組まれる。蒼い眼が更にその蒼さを増して。不意にそれは始まった。


 炎が。雷撃が。激しい風が身体を襲う。
 同時に出雲の思念が、オレの心を砕こうと揺さぶる。
「やめてよ出雲!」
 鳴り響く金属音に耐えながら叫んだ。
「なんで戦うの!」
 足元の岩が砕破される。吹き飛ばされて着地した途端、砕かれた礫が全身を襲った。
「わっ」
 逃れようと大きく飛んだら、そこで出雲が待ちうけていた。腕を掴まれ、思念をねじ込まれる。
「わああああああぁ!」
「防御だけでは無理です」
「や、やだ!」
「でないと発狂しますよ」
 出雲の攻撃は本気だった。激しい術の合間を突き、「昏」の力が迫ってくる。心の扉をこじ開けて、中身を侵食しようと入り込んでくる。
「やめて、出雲!」
 出雲の思念が頭をかき乱した。耳鳴り。嘔吐。全身を襲う痛み。神経に侵入されている。意識失ったら終わりだ。
「その程度ですか」
「くっ」
 雷撃を投げて、からくも逃れた。すぐに出雲に捕まる。地面に押しつけられ、片手で首を絞められた。
「わかっているはずです」
「・・・く」
「本気を出さなければ、この出雲は倒せません」
 再び思念が襲ってきた。全身を苛む。必死で防御を固めた。
「無駄なことを」
「あああああああぁ!」
「やめろーっ!」
 声に顔を向ける。数メートル程先で、夏芽が目を覚ましていた。


「嵯峨弥!」
 夏芽叫んでいる。
「邪魔な」
 出雲が呟く。夏芽の前へと飛んで。右手が振り下ろされて。

『ヤメロ!』

 抑える暇も余裕もなく、オレは「力」を使った。