昏一族はぐれ人物語 〜少年編〜   
by (宰相 連改め)みなひ




ACT16

 オレはおまえと話したこともない。
 おまえはオレのことなんて、覚えてもいないだろう。
 だけど、オレたちは一つだけ同じものを持ってる。
 それは、「昏周を失った悲しみ」。


 がしゃん。
 後ろで鉄の扉が閉められた。オレは両手印を組む。自らが閉じ込められた空間に、幾重にも封印結界を施した。
 よし。
 心の中で言って、左手で片手印を組んだ。大きく息を吸い込む。
「解」
 ぱんと軽い音がして、自らに張った防御結界が解かれた。暁の念が入りこむ。同時にオレの気も、部屋の空気に混じりこんで。
 びくり。
 符と包帯に被われた暁の身体が反応した。オレは苦笑する。おまえ、確かに生きてるよ。
「今からそっちへ行く」
 はっきりと宣言して、一気に高まった念の中を歩き出した。暁に向かって。感じる重圧。そして、熱。
 熱いな。
 身体にまとわりつく念に、ピリピリと肌を焼かれている気がした。炎に巻かれているような感覚。それでも、一歩一歩足を運んで。
 ぼん。
 オレが近づくにつれて、暁に貼られた符が次々と灰になった。激しく瞬時に燃え上がり、あっという間に散ってゆく。まるで、空気の中に火種が隠れているように。
 暁から一メートル程離れた所で、オレは一端足を止めた。これ以上近づくと、離れることはできない。暁を、抑えない限りは。

 できるかどうか、わからない。
 でもやらなきゃ。

「暁」
 覚悟を決めて名を呼んだ。同時に、暁を取り囲む符や包帯が激しく燃え上がる。たちまち炎に囲まれた。残りの符や拘束布が全て焼失し、一気に念が高まった。
「やめるんだ暁、火を消して」
 まっすぐ見据えて呼びかける。生き物のように揺らめく炎。このままでは、あいつは燃え尽きてしまうかもしれない。周り全てを巻き込んで。
「暁っ!」
 力の限り叫んだ。やめて。止めたい。おまえを炎の中に失うわけにはいかない。おまえを一番愛おしんだ、あの人の為に。
 ゴウッ。
 ふいに強風が湧き起こり、炎が消し飛んだ。中から暁が現れる。見開かれたままの、金色の瞳。
『だ・・・・れ・・・・』
 細くやっと聞こえるくらいの波長で、遠話が聞こえた。
『だれ・・・なの・・・』
 闇の中から、暁が尋ねていた。伝わる戸惑い。その奥に、せつないまでの願い。心の遮蔽に隙間。オレはするりと思念を滑り込ませた。
『見て』
 暁の頭の中に語りかける。敢えて名前は言わない。暁はオレを知らないから。あいつが覚えているのは、この蒼い眼と銀色の髪。
『おまえに会いに来たんだ』
 緩やかに微笑みながら、暁の頭の中に投影した。あの人を。あいつの大切な、昏周を。
『暁』
「・・・・・あ・・」
 ガラス玉の瞳に精気が戻った。細かく振られる首。溢れる涙。次々と滴り落ちて・・・。
 暁は凍りついたようにオレを見つめていた。今、その目には昏周が映っている。あいつの待ち望んでいた、あの人が。
「・・・あ・・・・まね」
 細くなってしまった両手が、ゆるゆると動いた。手のひらが求める。失いたくなかった人を。
『そちらへ行く』
 オレはゆっくりと歩を進め、暁の前に跪いた。両手を広げる。かつて叔父が、彼にそうしたように。
「あまね!」
 暁が飛び込んできた。足をふんばり受け止める。抱きしめた。伝わる体温。流れ込んでくる心。
「周、周っ、あまね!」
 しゃくりあげながら、暁が周を呼んでいる。歓喜。切望。後悔。悲しみ。そして孤独。様々な感情が、暁の中で渦巻いて。
「あまねっ!」
 オレは暁を抱きしめ続けた。暁の中を視る。叔父と過ごした日々の記憶。走馬灯のように巡って。

 嬉しいことも。
 楽しいことも。
 喜びも。
 慕う心も。

 全てが昏周にあったのだ。昏周だけが、暁の唯一だった。
「もうやだっ、あまね・・・・・」 
 嗚咽する身体を抱きながら、オレは目を閉じた。