昏一族はぐれ人物語 〜少年編〜   
by (宰相 連改め)みなひ




ACT15

 どんな人だろうと思っていた。
 父が、周叔父さんが命を掛けて守った人。
 そして今、昏を遠ざけている人。
 和王、七代目御門。


「周は、この者を心底愛おしんでおった」
 ガラス向こうの暁に目をやり、目の前の人は告げた。オレは頷く。知ってる。それは、当時「力」のなかったオレでもわかった。
「周はもう戻らぬ。じゃが、この者は違う。周がいとおしんだ命を、儂は失いたくない」
「そんなの勝手だ」
「嵯峨弥!」
 ぽつりと飛び出た言葉に、帥が叫んだ。従者達が押さえ込もうと動き、御門の右手に制止される。オレは語を繋いだ。
「そんなことしても周叔父さんはかえらないし、暁もそれを望んでいるとは思えない。暁を生かしたいのは、アンタが救われたいからだ」
「・・・・その通りじゃ。だが・・・・」
 ついと伸ばされた手が、肩に置かれた。びくり。全身が電気が流れたように波打つ。
「・・・あ」
 驚愕。置かれた掌を通して伝わってくる。御門は心を遮蔽していない。流れ込む心。何も隠さず、何も偽っていない。
「周の記憶をこの者より奪うこと、けして善き事とは思うておらぬ。じゃが、どうそしりを受けようとも、この気持ちは変わらぬ。儂は、暁に生きていて欲しい」
 障壁一つない心。その気になれば、何でも見られるだろう。国の機密も。他国の重要な情報も。
「非情を求めてすまぬ。じゃが、おぬしの他に、頼るものはもうおらぬ。嵯峨弥、どうか・・・」
「なりません!」
 肩の手を離した御門が、静かに頭を下げようとした。従者が声をあげる。御門は顔を上げ、従者に厳しい一瞥をくれた。
「下がれ」
「御門!」
「二度言わせるか。儂は一人の人間として、この者に相対しておる」
「!・・・・お許しを」
 従者は床に頭を擦りつけるように平伏した。目の前の人が、こちらに向き直る。
「すまぬな。改めて頼む。暁を・・・・」
「やめてください」
 目を伏せ、再び頭を垂れようとする人を、押し止めてオレは言った。納得する。全てをありのままに受け入れる心の強さ。偽ることなく、自分をそのままに見せる心の深さ。それらが叔父を信じさせた。昏一族最強の力を持つ男を。だから彼は御門を守ったのだ。命を掛けて。
「承知しました」
 大きく息を吸い込み、言う。オレは膝を折り御門を見上げた。
「どこまでやれるかわかりません。でも、やってみます」
 深く頭を垂れ拝礼する。叔父や父の信じたこの人に、自分も礼を尽くそうと思った。
「すまぬ」
 再び肩に手が置かれた。布ごしでも感じる。その手は温かい。人の血の通う手だと感じた。オレはこくりと頷き、すくりと立ち上がる。
「それでは」
 一礼して、立ち上がり踵を返した。研究室の人々を見回す。
「具体的な指示を。遥」
「わかりました。ではこちらへ。鴫からプランを聞いてください」
「うん」
「嵯峨弥」
 歩き出したオレの名前が呼ばれた。声に振り向く。御門がこちらを見ていた。帥を含むお付きの人に促され、研究室を出ようとしている。
「頼む」
「はい」
 まっすぐ御門を見つめ、オレは短く返した。正直、今の暁を抑える自信などない。ましてや記憶操作など。ひょっとしたらオレ自身が取り込まれてしまうかもしれない。あの、暁の念の嵐に。
「嵯峨弥くん、こちらへ」
 鴫と呼ばれた人が手招く。オレは研究室の奥へと向かった。


 短い打ち合わせを終え、オレは実験室の前にいた。
「扉を開きます」
 鴫という人が告げる。オレは気持ちを引き締め、頷いた。
「嵯峨弥、防御符はいる?たぶん、ちょっとしかもたないだろうけど」
 遥が苦笑まじりに聞いた。オレは首を振る。
「いいよ、温存してて。もしオレが暁を抑えられなかった時、符は必要になるだろ?」
 たぶんその時は遥と帥が中心となり、オレ達を始末するのだろう。防御符ではなく爆砕符で。
「そう?すまないね。実はちょっと不安だったんだ。もしもの場合は、全員退去でこの棟ごと爆破だろうからね。でも、そんなことするのは遠慮したいな」
 遥は困ったように笑った。オレも苦笑とも言える笑みを返す。
「任務を遂行しろ。お前がやらなければ、後がない」
 顔色を全く変えずに帥が言った。オレは頷く。帥が言ってることは事実だ。棟が爆破されたからといって、暁と取り込まれたオレが始末されるとは限らない。暁の本来の力がどれほどのものか知らないが、生き残る可能性は十分ある。
「いきます」
 前を向き、背筋を伸ばして告げた。拳を固める。さあ、これからだ。
 開かれてゆく扉を前に、オレは奥歯を噛み締めた。