昏一族はぐれ人物語 〜少年編〜   
by (宰相 連改め)みなひ




ACT14

 六畳ほどの空間で、白い布と符に囲まれそいつは横たわっていた。
「ああしておかないと、彼は研究所ごと自分を焼き尽くそうとするんだ。それにあの念、普通の人にはキツ過ぎてね」
 遥が告げる。所々巻かれた包帯らしきもの。拘束された手足。ぴくりとも動かない。ただ栄養補給らしい管が一本、鼻から出ている。
「ご覧のとおり、彼はもう符では抑えられなくなってる。それで、君の力を借りることになると思うんだ」
 遥が説明する間にも、そいつに貼られた符がじわじわと焦げていった。一枚がボッと燃えて消える。途端に漂う念が増大した。研究員の一人が慌てて、マジックアームのようなものを操作して新しい符を貼り付けている。
「あれは誰?」
「誰でもいい。遥。早く任務を説明しろ」
 むっつりと帥が命じた。まるで厄介なことを早く片づけてしまいたいかのように。遥はその様をみて、小さく肩を竦めた。
「たぶん、きみも知ってると思うよ。ずいぶん変わっちゃったと思うけど、面影はあると思うし・・・」
 言われてオレは目をこらした。黒い髪。ガリガリに痩せた身体。オレより一回りか二回り小さく見える。そして、なにより符の間からのぞく、金色の瞳。
「知らないよ」
「遥、無駄なことに時間を取るな」
「御影長。まるきり他人と割り切るより、少しでも以前の彼を知ってるほうが、彼も心を開くかもしれません」
「決定が処分でなければな」
「あの方はそれを望んでらっしゃいます。ここは、ぼくにお任せのはず」
 ぴしりと遥が言い放った。帥が押し黙る。少しして「では、そうしろ」と告げた。
「ごめんね嵯峨弥。まあ、あれだけ符に囲まれてたら、誰が誰だかわからないかな。気を探ってみて」
 言われた通りにした。意識を集中し、そいつから漏れだすものを感知する。狂気とも殺気ともわからないものの中に、微かに入り混じる小さな気。覚えがある。昔、どこかでこれを感じた。
「・・・・まさか」
 思い当たる人物を見つけて声が出た。直接接したことはない。いつも遠くで見ていただけだった。だけど、はっきり覚えている。
「あいつだ」
 確信する。これは昏周の隣にいた少年。暁だ。
「なんであいつが・・・」
「彼はね、三年前起こったクーデターの生き残りなんだ」
 戸惑うオレに遥が告げた。驚くオレは遥を見る。信じられなくて帥も見た。帥も僅かに頷く。自分の聞いたそれが、事実なのだと自覚した。
「・・・・そうか」
 暁はいつも叔父といた。尋常ではない力をもっていると噂されていたから、あの戦いに参加しただろうとは思っていた。そしてクーデターの後、暁の姿を見かける事はなかった。だから、叔父や父達と共に逝ったのだと思っていた。
「ここに運ばれて来た時、彼は瀕死の状態でした。身体の傷が治ってからも、長く昏睡状態が続いて・・・。ようやく意識を取り戻した瞬間、彼は夥しい念をふりまいていました」
 鴫という人が言う。オレはガラスむこうの暁を見つめた。見開かれたままの金色の瞳が、一点を凝視している。何を見ているのだろうか。
「・・・眼が違う」
 無意識に呟いていた。オレの知ってる暁は黒髪黒眼。なのに今、どうしてあいつはあんな眼をしている。
「もともと彼は金眼を持っていました。力を使う時にのみ、それが現れる形で。それゆえもともとは実験動物としてここにやられ、あらゆる実験を受けていたのです。ある時実験中に暴発が起こって、周様が彼を救いました。そのことをきっかけに、周様は彼を引き取られたのです」
 鴫と呼ばれた人が言った。オレは思いだす。二人はずっといっしょだった。年の離れた兄弟か父子のように。ただ羨ましいとばかり思っていた彼らの間に、そんないきさつがあったとは。
「残念ながら、このままじゃ彼は死ぬ。それも、研究所全部を巻き込むだろう。御影が総出でかかっても、止めきれるかわからない。被害は甚大になるだろう」
 苦笑しながら遥が言った。不安になって帥を見る。帥は渋い顔で腕組みしていた。
「あいつを殺すの?」
「大丈夫だよ。始末したりしない。彼を生かしたい方がいらっしゃるんだ。だけど、このままじゃ彼は周りを巻き込んで自滅する。だから、君の力を借りたい。彼を別の者にするんだ」
「別のものって、どう・・・」
 言いかけてハッと気づく。もしかして。
「遥っ!」
「そうだよ。彼の記憶を『消去』して欲しい」
 至極冷静に、同僚の男は告げた。オレは呆然とする。ばかな、オレが暁の記憶を、だって?
「やだよっ!オレがどうして!」
「昏一族は全員、暁に関わることを拒否してきた。あとは、きみしか残ってない」
「でも、なぜ!」
「これしか方法がない。きみにはわかっているはずだ」
 言われて唇を噛む。暁には叔父しかいなかった。他の昏は皆、彼を疎んで。たった一人の人を、暁は失ってしまったのだ。
「・・・・暁」 
 ガラスの向こうを見る。無表情な顔の中で、大きく見開かれた目だけが光っていた。まるで、泣いてるように。
 一つ、また一つ、暁に貼られた符が燃えてゆく。わかってしまった。唯一の人を失った悲しみ。最後まで一緒にいられなかった後悔。そして、かけがえのない者を奪ったものへの憎しみ。それらが暁にあの念を吐き出させている。けれど。
「できない」
 拳を握り、絞り出すように言った。
「嵯峨弥!今がどんな状況か・・・」
「それでもできない!」
 胸に込み上げてくる塊を、押しのけて叫んだ。暁には叔父がすべてだった。一番大切だった。その大切な人の記憶まで、暁から奪うことはできない。
「非情な所業とは、重々承知しておる」
 入口が大きく放たれた。そこに立つ人を見とめ、皆が一斉に跪く。数人の従者と共に、一人の老人が立っていた。
「危のうございます。このような所に。どうかお戻りを」
 跪いた姿勢のまま、帥が言った。
「城の者もそう言うて反対しおった。じゃが帥、儂はおのれよりこの者が惜しい」
 厳かに老人は返した。御影長が深々と頭を垂れる。
「もったいないお言葉。しかし、それでは民が嘆きます」
「その者と話したら、都に戻ろう。下がっておれ」
「お許しを」
 今度は研究所の責任者クラスの男が上奏した。しかし、老人の言葉に深く頭を下げる。後ろへと退いた。老人がこちらを向く。
「周の若い頃に、似ておるな」
 塗りの沓が近づいてくる。長衣の老人。これは、まさか・・・。
「嵯峨弥!不敬だ。膝を折れ!」
 帥が叫んでいる。でも、身体が動かない。
「嵯峨弥と言うのか。たしか、そのような名の甥がおると、聞いたことがある」
 老人が目の前に立つ。皺深い顔の奥から、二つの瞳が見ている。
「周の形見を、残してはくれぬか」
 ひどく苦しそうな表情で、和王、七代目御門は告げた。