昏一族はぐれ人物語 〜少年編〜 by (宰相 連改め)みなひ ACT12 オレたちは特訓を続けた。 夏芽の結界術は徐々に進歩し、最終試験の前々日には、防御結界が張れるようになっていた。 「どう?」 「いい感じだよ。安定してるし」 「本当?やった!これで実技試験に出られるよ」 防御結界の中から、夏芽が言った。結界印を解き、こちらに向かってくる。 「なんとか間に合ったね」 「うん、サガミのおかげだ。ありがとう」 面と向かって言われた。にっかりあの笑み付きで。急に顔が熱くなった。 「やだよ。なんか改まって。変」 「どうして?感謝してるからそう言っただけだろ?」 きょとんとした顔で返される。夏芽は更に追い打ちをかけてくれた。 「正直さ、おれ一人だと今でも無理だったと思うよ?サガミが教えてくれたからだ」 「そうかもしれないけど・・・・やなの」 ぷいと横を向いた。もういいよ。真面目に返すな。 「試験、明後日からなんだろ?」 そっぽ向きながら訊いた。夏芽が「うん」と頷く。 「七日あってさ、前半の五日は学科試験。あとの二日が実技なんだ」 夏芽は学科は得意だと言っていた。だから、実技さえ通れば問題ないだろう。 「サガミ」 「え?」 いつのまにか夏芽が近くに来ていた。両肩に手が置かれる。 「おれ、がんばるな」 真っ黒で大きな目が告げる。素直に「うん」と頷けた。にかり。いつもの笑みが形作られる。 「合格したら、その、たのむな」 真っ赤になって告げられた台詞に、最初はぴんとこなかった。ワンテンポ置いて思いだす。そうか、オレそんなことも言ったよな。 「いいよ」 「そうか!」 「約束だもんね」 微笑んで告げる。気持ちは変わらなかった。夏芽に求められること、いやじゃない。 「おれ、必死でやる!絶対試験通るからっ」 意気込んで夏芽が宣言した。嬉しいらしい。それはいいけど、意気込み過ぎて失敗しないようにね。 「なら、まずは体調整えなきゃ。帰って寝るよ」 いきなり言われて苦笑する。西の空を見上げて。そうだね、いい時間だ。 「じゃあね」 「じゃあな。サガミも気をつけて帰れよ」 赤く染まった雲の下、夏芽が家に帰ってゆく。ぶんぶん手を振りながら。姿がだんだん小さくなる。見えなくなるまで見送った後、大きく息をついた。 「素直な、いい少年ですね」 聞き慣れた声にびくりとした。振り返る。気配も気も全く感じなかった背後には、出雲がいた。 「あの少年は明るいし、年相応な感性や悩みを持っている。そして、それらに真っ向から立ち向かっている。あなたが彼に惹かれるのも、わかる気がします」 静かな微笑みをたたえて、出雲は立っていた。オレは動揺する。出雲がいつ来たのかも、いつ頃からいたのかもわからなかった。 「何しに来た」 「最後のお願いに参りました」 向き直るオレに出雲は告げた。深い藍色の瞳がオレを捉える。 「昏の村に、お戻りください」 一言一言、噛み締めるように出雲は言った。固い声。ものすごいガードに遮られて、出雲の感情も思考も視えない。すべて拒絶されていることが、更に不安を煽った。 「断る。オレには、昏に帰る気などない」 「どうしてですか」 「オレは叔父じゃないからだ!」 不安が苛立ちを生む。気がつけば声を荒げていた。 「嵯峨弥様」 「もう放っておいて!オレには昏周の代わりになんてなれない!伯父の望みには応えられないんだ!」 言い放つオレに、出雲は動じる様子もなかった。ただ何かを押し隠した表情で、オレの叫びを聞きつづけている。 「オレは一族のことなんて知らない。考えたくないんだ。父さん達は御門を命がけで守った。なのに、昏は何を考えている?昏を遠ざけた御門は?誰が正しいのかわからない。どう向かえばいいのかも。オレは『力』なんて望んでない。昏の能力なんて、役たたずだったじゃないか!」 一気に言い切る。そうだ。昏の能力に何の意味がある。視える瞳があるのなら、どうして全てを防げなかった。疑いも。争いも。なにもかも。 「人の頭ン中覗けたって、何も防げやしなかった。昏周だってそうだ。謀反も。父さんの死も。母さんの死も!」 心に思っていたことを言う。中途半端な力ならば、最初からなければいい。人一人助けられないものに、皆が振り回されて。 「それでも、あなたは『昏』です」 静かに出雲は言った。 「『昏』である以上、その宿命からは逃げられません。そして、より秀でた『昏』としての能力が、あなたには備わっている」 「違う!」 「否定はできません。そのことは一族皆が、なにより出雲が存じております」 「そんなの、知らない・・・」 「嵯峨弥様!」 厳しい声が飛んだ。腕が取られる。眼前に、出雲が迫ってきていた。 「離せ!」 「近江様は、周様に匹敵する力をお持ちでした」 言われた言葉に目を見張った。父さんが、だって? 掴まれた腕の痛みをこらえ、出雲を見つめる。言葉が継がれた。 「されど、あの方はそれを表に出されませんでした。争いたくはないから、と」 告げた男の顔が歪む。腕の腕の力が強まった。抑え込まれた心の中から、感情が漏れ出してくる。尊敬。思慕。後悔。 「いず・・・・も」 「嵯峨弥様には近江様の力が受け継がれております。誰に恥じることなき力です。どうか、お父上の力に日の目を」 出雲の思いは痛いほどにわかった。今なら思い当たる。いつも困った様な顔で、微笑んでいた父。 「・・・・すまない」 それでも、そういうしかなかった。たとえ父が力を隠していたとしても、オレの望むものは違っていたから。 「嵯峨弥様」 「出雲の言うこと、わかるよ。でも、オレも望んでないんだ。父さんみたいに」 出雲の目が、大きく開くのが見えた。唇が戦慄く。ぐっと噛み締めて。 「・・・・わかりました」 しばらくして、ぽつりと言葉が落とされた。伏せられる出雲の目。僅かに歪む口元。 「あなたは、近江様のご子息なのですね・・・・・」 ため息と共に吐き出される。出雲の言葉。胸がきしりと軋んだ。腕の手がするりと離され、距離が置かれる。 「長戸様には、そのように報告致します。嵯峨弥様に昏に帰る意志はないと」 いつもの顔に戻って、出雲は言った。オレは項垂れる。それきり沈黙。何も、言えなかった。 「それでは」 「えっ、ああ、気をつけて」 声に顔を上げた。その時。 「お許しを」 何が起こっているのかわからなかった。肌に熱。目の前に出雲の胸。身体に出雲の腕。 「・・・あ・・・」 自分が出雲に抱きしめられているということに、かなり時間が経ってから気づいた。驚きと、かつての記憶が甦る。 『出雲がおります』 あの夜も、出雲が抱きしめてくれた。何もかもなくなってしまったと思った夜。 『出雲がおります』 全てがなくなったわけではなかった。どれもオレの中に残っていた。二度と手で触れられないだけで。 『出雲がおります』 出雲が思い出させてくれた。だから歩き出すことができた。もう一度、何かを取り戻す為に。 「お元気で」 不意に身体を包む腕が消えた。ハッと見上げる。目の前には、何も残っていなかった。 「・・・・ごめん」 くしゃりと地面にへたり込む。 「ごめん・・・・出雲」 身体がガタガタ震えた。それを抑えるように、オレは自分で自分を抱いた。 |