昏一族はぐれ人物語 〜少年編〜 by (宰相 連改め)みなひ ACT10 オレと夏芽の特訓は順調に進んだ。掲げたニンジンが効いたのか、夏芽は熱心に手印を練習し、少しずつではあるがそれらを自分のものにしていた。苦手だった気の微妙な調整と波長変更も、最初こそオレの補助を必要としていたが、徐々に一人で出来るようになっていった。 夏芽って貴重だよな。 もぐもぐと親子丼を食べながら思った。夏芽の心を視る度に、オレは感心していた。夏芽のノーガードで開けっぴろげな精神。だれでも多少は持っている負の部分が驚くほど少ない。あってもごく簡単な組成になっている。 オレとさほど変わらない身の上なのに、どうやったらここまでまっすぐ生きられるのだろうと思った。それ以前に、よく生きてこられたなと。だけど、その答えもすぐに見つかった。 愛されて育ったんだろうな。 夏芽の記憶に眠る、彼の両親を視て思った。現在面倒みてくれているという、土岐津の母やら近所のおばちゃん達も。夏芽の周りにいる人は、皆温かい人だった。 そして今も,、夏芽は愛されている。 夏芽の周りの人々は、夏芽を夏芽として愛していた。中には夏芽を否定する奴もいたが、それらをカバーしてあまりあるものを、夏芽は皆から注がれていた。そして、それが夏芽の原点となってる。すべてをありのままに受け入れ、疑わずに信じてゆける夏芽に。 そういうの、いいよな。 かまぼこを咥えながら思った。オレは夏芽の心が好きだった。夏芽の中は温かい。ずっと、夏芽といたいと。 「よっ」 頭上から声が掛けられた。見上げた先に、土岐津千秋がいる。 「夏芽に術教えてくれてんだってな。すっげぇ喜んでたぜ」 にやりと笑いながら、土岐津はオレの隣にすわった。ごそごそと煙草を取り出し、火をつけている。 「俺も今まで何度かあいつに教えたことあんだけどよ、どうも上手くいかなくてねぇ。正直お手上げだったんだ。さすがってやつだな」 「大したことないよ」 紫煙を吐き出す土岐津に、ぼそりとオレは言った。なんだろう。なんだか照れ臭い。 「夏芽は細かい調整が苦手だから、ちょっとした補助を加えるだけでいいんだ。それに、少しずつ自分で出来るようになってるよ」 「補助って、お前。まさか・・・・」 「うん。『力』、使ってる」 事実をそのまま告げれば、土岐津は複雑な顔をした。やはり、能力を使うことに抵抗はあるらしい。 「嵯峨弥、その」 「大丈夫だよ。ほんの少しだけなんだ。『操作』まではいってない。同調して、気を引きだしやすくしてるだけ」 言われる前に言った。親子丼の最後の一口を飲み込む。 「極力用心してる。でも、土岐津は心配?」 「いや・・・」 窺うオレに、土岐津は細かく首を振った。でもまだ冴えない表情。やはり無理か。 「オレさ、夏芽が好きなんだ」 ごくりとお茶を飲み干し告げた。同僚が大きく目を見張る。オレは言葉を継いだ。 「好きだから夏芽を大切にしたい。夏芽を守りたいけど、いつもオレがいられるわけじゃない。だから、夏芽には自分を守れるようになって欲しいんだ。そのためには、力だってなんだって使う。土岐津はイヤかもしれないけど、オレは夏芽を失いたくない」 「そうか・・・」 オレの言葉を聞き、土岐津は目を閉じた。ゆっくりと煙草をくゆらせる。大きく息をはき出した。 「嵯峨弥」 「ん?」 「頼むな」 右肩が包まれた。熱い。土岐津の左手だった。 「どんくさいけどさ、あいつは俺の弟みたいなもんなんだ。あいつの両親が亡くなってからは、お袋や家族全員で世話焼いて育てた。だから、頼む」 土岐津の目は真剣だった。オレがどんな奴か知ってて、それでも夏芽を任せてくれる。たぶん、自分にとっても大切だろう夏芽を。 「うん」 オレもまっすぐ見つめた。心の底から誓う。夏芽を守ると。 「はーっ、なんかホッとしたぜ。夏芽がまっとうに所帯もつより、全然安心出来る。あいつには丁度いいかもな」 くしゃりと顔を歪ませて、土岐津はオレの肩を叩いた。大きくのびをして立ち上がる。 「よーし、これで安心して任務に出られるな。今まで避けてたけど、でかいのもいっちまおう」 「土岐津、任務選ってたの?」 「ちょっとだけな。でも、そろそろ難しくなってきててよ。どうするべぇと思ってたんだ。さーて、まずは御影研究所だな」 煙草をもみ消して、土岐津が言う。 「御影研究所?」 「ああ」 「土岐津があそこの任務なんて、珍しいね」 聞き返すオレに、同僚は肩を竦めた。 「俺も場違いだと思うけどよ、どーも厄介な奴がいるらしくて。今まで遥が緊縛符ベタベタ貼り付けて抑えてたんだけど、もう追い付かねぇんだって。だから、ちょっと符術かじっただけの俺に、アシストつけだってよ」 「ふーん、すごいのがいるんだ」 「そうそう。世の中いろいろだもんな。みそっかすに惚れる昏一族がいるんだから」 にちゃりと意地の悪い笑みを浮かべて、土岐津は告げた。オレは「ふーんだ」と口を尖らす。同僚は右手を挙げた。 「そろそろ御影長室行くわ。おえらいさんお待ちかねだから」 「よかったね。土岐津人気者じゃない」 「おっさんに好かれても嬉しくねぇって。じゃな」 「うん」 土岐津の後ろ姿を見つめながら、オレはちょいちょいと手を振った。姿が消えるのを見届けた後、空になった親子丼の鉢を持つ。食器返却口へと向かった。 さて。オレも行かなきゃね。 食器を返して部屋へと向かう。深夜からの任務に備えて、少し眠っておかなければ。 任務をちゃっちゃとこなして、夏芽と特訓の続きをしよう。 火術。水術。風術。最低限の術は覚えさせた。あとは難題、結界術だけ。 よし、行こう。 一人呟き、オレは御影宿舎の食堂を後にした。 |