昏一族はぐれ人物語 〜青年編〜   
by (宰相 連改め)みなひ




ACT6

「で?お前、毎日飯の調達してるってか?」
 カツカツと箸を食卓に打ちつけながら、千秋兄ちゃんが言った。
「うん。嵯峨弥さん、人目につくの嫌がるし。明るいから昼食が一番困るって言ってたよ。前は、腹減ったまま暗くなるまで待ってたんだって」
「はーん、あいつらしいへたれ具合だな」
 飯を盛りながら答えるおれに、千秋兄ちゃんが言う。ふてくされたような顔。兄ちゃん、嵯峨弥さんきらい?そんなことないよな。『米福』の寿司、奢ってたし。
「これぐらいでいい?」
「おお。さ、食おうぜ」
 茶わんを手渡すと、千秋兄ちゃんは言った。食卓の上には土岐津のおばちゃんが作ってくれた煮物と、漬物と味噌汁とシシャモがのっている。
「兄ちゃん、本当に家で食べなくていいの?」
「おおよ。家なんかで食ったら、ババァや年増がうるさくてかなわねぇ」
 既に煮物をつつきながら、千秋兄ちゃんが返した。兄ちゃんの家には、おばちゃんとおじちゃんと千秋兄ちゃんの姉ちゃん達がいる。姉ちゃんは二人、町内ではしっかり者で有名な美人姉妹だ。
「兄ちゃん、ババァや年増って・・・・。また怒られるよ?」
「聞こえねぇよ。お前が黙ってりゃいいんだ」
「じゃ、言わなきゃいいのに。いただきます」
 箸を手にとり、おれも食べ始めた。
「あいつ、何か言ってねぇか?」
 もぐもぐと口を動かしながら、千秋兄ちゃんが言う。
「なんにも?そうだ、お礼したいから、何でも言ってくれって言ってたよ。義理堅い人だね」
「けっ。根性なしが。早く言えって」
「何が?」
 ぼそぼそとぼやく千秋兄ちゃんに、おれは聞き返した。兄ちゃん、最近よくブツブツ言ってるね。なんかあるの?
「・・・・・なんでもねぇよ」
 じろりとおれを見つめた後、兄ちゃんは一言、切って捨てた。おれは更に首をひねる。
「独り言だ。気にすんな」
 むっつりと言われて、おれは首をひねったまま食べた。けれどすぐにどうでもよくなる。人間、細かいこと気にしてたら生きてゆけない。
「それで?嵯峨弥、任務の方は相変わらずか?」
 がじり。ししゃもをかじりながら兄ちゃんが訊いた。
「うん、疲れるみたい。いつもぐったり寝てるよ」
 味噌汁を啜りながら、おれは答える。
「そうだよなー、『じゃじゃ馬ならし』とか言う段階じゃねぇものな。あれは」
 うんうん。頷きながら兄ちゃんが言った。ずいと茶わんを差し出す。受け取ったおれは、二杯目の飯を盛り始めた。
「で?今は?」
「任務中だよ。今度はちょっとかかるみたい。でも、週末には帰るって言ってた。はい」
「ふーん、そうか・・・」
 二杯目を差し出すおれに、兄ちゃんは黙り込んでしまった。茶わんを受けとり、黙々、飯を食べている。
「兄ちゃん?」
「嵯峨弥、はやく帰ってくるといいのにな・・・・」
 不安になって呼ぶおれに、千秋兄ちゃんはぼそりと呟いた。おれは、頷くしかなかった。


「ごっそさん、じゃあな」 
 空になった煮物鉢を抱えて、千秋兄ちゃんは帰って行った。ため息一つ落とし、おれは戸を閉める。
「さ、寝るか」
 玄関に鍵をかけて、奥へと戻った。小さな食卓を片付け、蒲団を敷く。寝間着に着替えようと上着を脱いだ。
 チリン。
 何かが落ちた。慌てて拾い上げ、ごしごしと下衣で擦る。改めて見つめた。小さな鈴のついた鍵。
『いつもは土岐津か錦織さんに渡していくんですけど、持っててください』
 この鍵を差し出し、嵯峨弥さんが言った。
『盗られて困るほどのものはないんですが、やっぱり捨てられちゃったりしたらいやなんで。資料庫掃除とかありそうだったら、オレの私物をどこかに移動してもらえると嬉しいです』
 苦笑混じりの声。鍵を持つ長い指。少し傾げられた小首。
『お願いします』
 告げて、嵯峨弥さんは任務へと出た。今度はちょっと遠い場所らしい。あるかどうかわからないけど、できればお土産買ってくるとか言ってた。
「あと五日かぁ・・・・」
 またため息をつく。週末の日付が遠く思えた。その日付だって休日。仕事は休みだ。だから、実際会えるのは、休日後という事になる。
「そっか!」
 いきなりいいことを思いついた。こうして鍵もあるんだし、週末資料庫に行ってみよう。なんか差し入れ持って。きっと嵯峨弥さん、任務から帰ったばかりだからおなか空かせているはず。
「何を持って行こうかな・・・・そうだっ」
 あることを思い出した。嵯峨弥さん、何にもない握り飯が好きだと言った。それなら、おれにも作れる。
「うん!そうとなったら、早く寝よ!」
 いそいそと鍵を上着に戻し、着替えを再開した。寝間着になって、蒲団の中に潜り込む。
「んじゃ、おやすみなさい」
 パチリと電気を消して、おれは遠い国にいる嵯峨弥さんにおやすみを告げた。