昏一族はぐれ人物語 〜青年編〜   
by (宰相 連改め)みなひ




ACT15

 考える。
 あの人と生きる為に、それを考える。
 今のおれ達には、何が必要なのか。


『漆原臨時事務局員』
 遠くで春日事務局長の声が聞こえる。
『漆原臨時事務局員』
 ありゃ、また聞こえたよ。やだなぁ。
「漆原臨時事務局員」
 いい加減にしろっていうの。聞きたくないよ。
「漆原さん!」
「わあっ!」
 いきなり大音量で驚いた。飛び起きた目の前には、春日是時事務局長が鼻先数センチで迫っている。
「わ---------------!事務局長っ!」
 慌てて身体を退いたら、がたん、椅子ごと後ろ向きに倒れてしまった。
「痛てててて・・・・」
「何をやってるんですか。愚かですね」
 後頭部を強打したオレを、冷たく見下ろして春日様は言った。
「事務局長、痛いです」
「知りませんよ。自分でやったことです」
「頭がもう、ガンガンして」
「よろしいんじゃないですか?それでちょっとは働くようになったでしょ」
「そ、そんなー」
「これ以上無駄な時間をとらせないでください。ホラ、仕事仕事」
「えーっ」
「フン」
 ツンと上を向いたまま、春日様は自分の席へと戻った。後頭部の痛いおれは、もぞもぞと倒れた椅子を戻す。ちぇっと舌打ちして座った。
「大丈夫?」
 となりの桐野が小声で言った。
「もちろん。さんきゅ」
 おれも小声で返す。
「ぼーっとしてたらだめだよ。春日様、ずっとこっちチェックしてたんだから」
「え?本当?」
「本当。会計報告、急かされてるらしいよ」
「あなたたち!間に合わなければ残業ですよ!」
 半分裏返り気味の、春日様の声が響いた。おれと桐野は肩をすくめる。
「そっか。んじゃ仕事に集中しなきゃな」
 ちらりと同僚を見る。
「そうだね」
 にこりと桐野は微笑み、おれの机に伝票の束を置いた。


「何かあったの?」
 皆の出払った昼休み、弁当片手に桐野が尋ねた。おれは手に持つ握り飯を、ぐっと握りしめる。
「潰してるよ」
「ん?うん。でも、どーして?」
「どうしてって、漆原、いつもと様子が違うもの。いつもはたまにぼーっとしてるけど、今日はずっとぼーっとしてるよ?気づかないほうがおかしいと思う」
 桐野は苦笑混じりで告げた。そうかな。おれ、そんなにぼーっとしてる?
「漆原さ、悩んでることとかあるの?」
「えっ、それは・・・・ 」
「トラブル?」
「うーん。ちょっと違う」
「借金とか?」
「いや、そうじゃなくて」
「じゃあ恋愛?例の銀髪の人とか?」
 ズバリと図星を突かれてしまって、ちょっとだけびくついてしまった。桐野、なんでそんなに勘いいの?
「・・・・ひょっとして、当たり?」
「うん」
「本当?」
「うん」
「そうなんだ」
 ポリポリと頭を掻くおれに、驚きながら桐野は言った。
「と、いうことは。漆原、その銀髪の君と再会したんだ」
「ん?まあ・・・・」
「浮かない顔だな。振られたの?」
「いや、あの人も好きだって言ってくれた」
「やったじゃない!よかったね!」
「それがよくないんだよーー」
 拍手しそうな勢いの桐野を前に、おれは机に突っ伏した。よかったけどよくないんだ。桐野、まだダメなんだよ。
「どうしたの? 漆原、意味がわからないよ」
 突っ伏したままのおれに、桐野が尋ねる。
「漆原がその人を好きで、その人も漆原を好きなんだろ?それじゃあ相思相愛じゃない。なんでよくないの?」
「なんでもダメなんだよ〜! あ、そうだ。桐野!」
 がばりと頭を起こして言った。桐野がびっくりした顔になる。
「あのさ!おまえ、もし過去にひどいことされたら、どうする?」
 思い余って桐野に尋ねた。
「仕返しとか考える?償わせたい?」
「え?そんなこと言われても・・・・」
「答えてくれよ!」
 ずいと詰め寄る。もう既に煮詰まっていた。考えることに慣れてない頭が、ショートし始めている。
「うーんと、そうだなぁ」
 おれの必死の問いに、桐野は腕を組んで考えていた。しばらくして、こちらに向き直る。
「どちらにしても、ひどいことの内容によるかな。自分にとって許せない内容だったら、手段を選ばないだろうけど。大したことじゃなかったら、そのまま流しちゃうかも」
「流しちゃうって、何もなしってこと?」
「そうだね」
「えーーーー!」
 思わず叫んでしまった。桐野、それじゃ困るんだよ!
「何もなしってダメなんだよっ!おれ、何か考えないと〜」
「は?」
「償う方法考えないと、おれはあの人といられないんだ!」
 ひしと同僚に抱きつく。
「わっ、漆原!落ち着けっ!」
 抱きつかれた桐野が、ばたばたと暴れていた。

「つまり、こういうことなんだね。漆原は過去その人にされたことを全然怨んだりしてないけど、その人は漆原にしたことをすごく悔やんでいると。それで、何かきちんとした『償い』をしない限り、漆原とその人は一緒になれないと」
 ひとしきり騒いだ後、おれから詳しい話を聞いた桐野が言った。 
「そ、そうなんだ。あの人、すごい思い詰めてて・・・・なんかない?」
「うーんと、そうだね。・・・・漆原はどうなの?」
「どうって?」
「どうなって欲しいか、だよ。その人に何か償って欲しい?金銭とか、地位や名声とか。目には目をってのもあるよね」
「えーーーー、そんなのやだよーーー」
 半泣き状態で言った。それってみんな、あの人が苦しむじゃんか!
「おれは、あの人の悲しい顔なんてやだよ!ずっと嵯峨弥さんといたいんだ!」
 心を占めてる気持ちを告げる。ぶっちゃけ、過去なんてどうでもいい。必要なのは、今だ!
「なるほど。いかにも漆原らしいね」
 苦笑混じりに桐野が言った。
「でも、そういうことなら話が早いんじゃない?」
「えっ、ホント?」
 渡りに船とばかりにおれは飛びつく。
「その人と、ずっと一緒にいられればいいんだろ?」
「うん、うん!そうなんだ」
 心の中で拍手を送る。桐野、さすがだよ。
「本当に、できるの?」
「うん。ちょっとこじつけだけどね。こういう『償い』ってどうかな」
 にこりときれいに微笑んで、桐野はその案をおれに告げた。