昏一族はぐれ人物語 〜青年編〜   
by (宰相 連改め)みなひ




ACT14

 
 ほんとは「償い」なんていらない。
 何かしてほしいわけでもない。
 あの人と、一緒に生きていきたいだけ。けれど。
 このハードルを越えなければ、おれ達に未来はない。
 

「で?お前が嵯峨弥に償う方法を教えるってか?」
 「情けない」と「呆れ返る」の中間くらいの表情で、千秋兄ちゃんが言った。じゅうじゅうと音がする。サンマの焼ける香ばしいにおい。
「うん。なりゆきでそうなったんだ」
 ぱたぱたと煽ぎながらおれは答えた。七輪を挟んだむこうの兄ちゃんが、サンマに大きなため息を落とす。
「なりゆきねえ・・・」
「そう。兄ちゃん、なんかいい方法ない?」
 上目づかいにきいたら、あからさまに嫌そうな顔になった。兄ちゃん、頭を抱えてる。
「俺に聞くなよ〜。お前の事だろ?」
「そうだけど、わかんないもん」
 肩を落として呟いた。思わず情けない声が出てしまう。けれど、本当にわからないのだ。どうやったら「償い」になるかなんて。
 今を去ること二日前、おれこと漆原夏芽は昏嵯峨弥さんに宣言した。一週間くれ。その間にとびきりの償い方法を考えると。おれの考えた方法で、過去をきっちり償ってもらうと。
「まあ、嵯峨弥が事実を白状したってのは、あいつにしちゃ頑張ったと思うがな。あのへタレ、一生言い出せねえんじゃねえかと思ってたし」
「兄ちゃん、やっぱり知ってたんだね。おれと嵯峨弥さんとのこと」
「当たり前だろ。バカ」
 しみじみと言ったら、しかめっ面で返されてしまった。兄ちゃんこわいよ、顔。
「こちとら言いたくても言えなくて、神経すり減らしたんだからな。そらもう、胃に穴の開きそうな四年だったぜ。そろそろ、お役ゴメンにして欲しいよ」
「でも兄ちゃん、そういうわけにはいかないよ。嵯峨弥さん、『償い』しなきゃ納得しないもん。あの人が納得しなきゃおれ達、いつまでたってもこのままだし」
「・・・・・そりゃあ、面倒だよな・・・」
 がりがり。兄ちゃんが頭を掻いた。おれもため息をつく。なんか考えなきゃいけない。でも思いつかない。
「なんか、てきとーに考えつかねえのか?」
「ううん、なんにも」
「カネとか女とか、殴るとか蹴るとか」
「そんなのやだよ!なんで嵯峨弥さんにそんなことしないといけないの!」
「・・・・はああ、メンドーだよな」
「うん」
 サンマを前に二人、幾度かの盛大なため息をついた。しかし答えはでない。考えつかない。
「嵯峨弥は?」
「復帰した途端、任務に入っちゃったよ。なんか、例の人が暴れたんだって」
「あっちゃー。長引くぞ、それ」
「うん。一週間くらい掛かるって言ってた」
 嵯峨弥さん、また暁っていう人関係の任務に行ってしまった。今頃何をしてるんだろうか。危険なこととか、してないといいけど。
「兄ちゃん」
「なんだ?」
「嵯峨弥さんさ、どうして暁って人の・・・・・・・」
「それは機密ってやつだな」
 思いきって口にしたおれの疑問を、兄ちゃんは故意に遮った。ちらり。こちらを見る。
「入るか」
「え?」
「入ろうぜ。それ、炭んなる」
 すいと指差されたサンマは、しっかりと黒く焦げていた。


「ま、食えただけマシだよな」
 焦げたサンマとごはん、漬物で平らげた夕食の後、千秋兄ちゃんは大きく伸びをした。ごそごそと何か取り出す。煙草だ。
「吸っていいか?」
「もう出してるくせに」
「一応、な」
「ふーん」
 茶わんを片付けながら、おれは答える。なんだろう。兄ちゃん緊張してるみたいだ。
「いいよ」
「ありがてえ。家じゃババァどもがうるさくってよ」
 ぼそぼそ呟きながら、兄ちゃんは煙草を一本箱から取りだした。火をつけて吸い込む。フーッと吐き出す白い煙。
「うめぇ」
「よかったね」
「ああ」
 ゆらゆら、煙草をくゆらせながら、兄ちゃんは頷いた。そのまま黙りこんでしまう。落ちる沈黙。皿を片付ける音だけが響く。
「夏芽」
「ん?」
「嵯峨弥は、暁の記憶も消したんだ」
 ごいん。いきなりすごいこと言うから、皿を落としてしまった。慌てて拾い上げる。落ちた骨や皮を拾い集めて。
「な!兄ちゃん!」
「事実だ。もちろん、上から命令されたことだったんだがな。だが、あいつはその責任を感じている」
 不意に嵯峨弥さんの顔が浮かんだ。なんとなく納得する。だから、危険な任務でも行くのだ。あの人は。
「あいつの弁護をするわけじゃねぇが、お前にあいつがあんなことをしちまった時、あいつはギリギリの状態だったんだ。命令とは言え知り合いだった暁の記憶を消し、都に帰ったらお前は掠われてる。おまけに、お前を守るために同族を殺しちまった。最悪だな」
『夏芽!』
 サガミを拒んだ時の、サガミの叫びが甦ってきた。あの時はただ、怖かった。あの男が死んでる事実が。サガミのまとった夥しい血が。
『ごめん。ごめん・・・・夏芽』
 身体を繋がれ、目覚めた時見たサガミの顔も思い出された。今にも泣き出しそうな、思い詰めた顔。あの時おれは混乱していた。自分に起こった出来事が、全く整理できずに。
「・・・・あいつには、お前だけだったんだろうな」
 兄ちゃんの出した呟きが、ことりと胸に落ちた。同時にあの人が浮かぶ。不安そうに見つめていた嵯峨弥さんが。
「考えてやれ」
 短くなった煙草を携帯の灰皿でもみ消し、千秋兄ちゃんが立ち上がった。おれは見上げる。
「兄ちゃん」
「たぶん、お前が自分で考えることだと思う。あいつと生きたいなら、絞り出せ」
「・・・・」
「じゃあな」
 がらがらと扉が閉まる。短い言葉を残して、兄ちゃんは去っていった。