昏一族はぐれ人物語 〜青年編〜   
by (宰相 連改め)みなひ




ACT13

 なくした欠け片が見つかる。
 未完成の頭にはめ込んでみた。
 断片的だった記憶の全容が見える。その中に。
 あの人がいた。

「夏芽さん」
 嵯峨弥さんの声で目が覚めた。これ、昨晩から数えて三度目だ。よく起こされる日だなぁと目を開けた。 
「大丈夫ですか?」
 あの人が覗きこんでいる。藍色の瞳と銀色の髪。長い睫に透き通る白い肌。
 ああ。嵯峨弥さんっていつ見てもきれいだよなぁ。
 思った途端にもう一つの顔が浮かんだ。同じ蒼眼に銀髪。いま目の前にいるこの人より、もっと幼い顔だち。少女みたいな。
 サガミ。
 名前がはっきりと浮かんだ。サガミ。嵯峨弥。昏嵯峨弥。
「うわっ!」
 痛みに頭を抱える。それは津波のように押し寄せてきた。様々なシーンが脳裏に溢れる。記憶の洪水。
「っく・・・・・あ!」
「夏芽さん!」
 嵯峨弥さんが叫んだ。ガンガンと痛みに吐き気が襲う。目眩いで目が開けられない。
「夏芽さん、こっちを見てください!今、制御します!」
 がしりと肩を掴まれた。嵯峨弥さんが何か言ってる。だけど、おれにはそれを聞く余裕すらない。甦った記憶の波が、頭の中で荒れ狂う。
「後生です!夏芽さん、オレを見てください!」
 両肩を揺すられ目を開けた。必死な顔が見ている。
「あ・・・・」
 開いた瞼の先の、鮮やかな蒼を見て落ちついた。混乱した顔の自分がいる。あの人の目の中に。
「・・・・嵯峨弥さん」   
「わかりますか?夏芽さん」
「え?ええ」
「よかった」 
 おれを覗きこんでいた嵯峨弥さんが、ホッとした表情をした。
「オレのこと、思い出せますか?」
「サガミ、ですね?」  
「そうです」
 こくり。目の前の人は頷いた。なんと呼んだらいいのだろう。サガミで嵯峨弥さんなのだ。この人は。
「それでは、オレがあなたにしたことも・・・・・おわかりですね?」
 震える声が尋ねた。絞り出すように落ちる、確認の言葉。
「はい」
 おれは事実を言った。隠す気も偽る気もない。その必要もない。

 確かにそうだ。
 サガミだ。

 嵯峨弥さんの言ったことは本当だった。学び舎の卒業試験で、学科試験が終わった日。あの日おれは掠われた。見知らぬ男にサガミに近づくなと言われて、嫌だと断ったのだ。その後意識を失い、目覚めたおれはサガミを見た。目の前のサガミは、何者かに首を絞められていた。おれはそれを止めようとして、そして、視界が真っ赤になってまた意識を失ってしまった。二度目に目を覚ました時、サガミはおれの傍にいた。だけど・・・・・・。
「償わせてください」
 真摯な目で嵯峨弥さんが告げた。
「この四年もの間、それだけを考えて生きてきました。何でも言ってください。できるかぎり、いえ、それ以上努力します」
 言われたことの内容はわかった。なぜそんな事を言うのかも。けれど、どうにも違和感がある。償うってサガミが? 嵯峨弥さんが? おれに?
「教えてください。オレは、どうすればいいですか?」
 乞う瞳が迫った。伝わる必死さ。
「嵯峨弥さん」
「あなたの気が済むようにしてください。何を望まれますか?どんなことでも受け入れる覚悟でいます。オレは、あなたなら何をしても・・・・・」
「いらないです」
 言葉が口から勝手に飛びだしていた。目の前の人が、大きく目を開く。おれは言葉を継いだ。
「償いって、いきなり言われてもわかんないです。そりゃ、そういうことはありました。けれど、それは過去のことで・・・・・今は、実感がないです」
「しかし、何もなしで済むわけにはいきません。オレがあなたを傷つけたのは事実です。ですから、オレはあなたに償わねばなりません」
「でも、おれはそうして欲しいと思ってません」
「ですが、それでは・・・・・お願いです、何か言ってください」
「いやです」
「夏芽さんっ」
「だから、ないって!」
 ついにおれは怒鳴ってしまった。いつまで言ってる。おれがいいって言ってんだから、いいじゃないか! 
「いい加減にしろよ!だったらあんた、おれが言ったら何でもすんのかよ!なら、死ね!」
「はい」
 キレて叫ぶおれに、すらり、どこから取り出したのか嵯峨弥さんが小刀を抜いた。長い髪を後ろにやり、首に刀をあてて微笑む。
「ありがとうございます」
「ふざけんな!」
 言葉と同時に手が出ていた。かしゃん。叩き落とした小刀が、床に落ちて滑ってゆく。壁に当たって止まった。
「冗談じゃねぇよ!」
 気がつけば全開で怒っていた。茫然と嵯峨弥さんが見上げている。どうしてなのかわからないといった表情。
「夏芽・・・・・さん?」
「あんた何もわかってない!おれは、あんたが好きなんだ!」
 ドクドク怒りが湧いてくる。この状況が許せなかった。過去と今、おれが二回とも惚れた人は、自分を裁けとおれに言う。

 好きなのに。
 こんなに好きなのに。
 畜生、こんなことは望んでなかった。
 遠く過ぎ去った記憶が、今のおれと嵯峨弥さんを縛る。

「オレも夏芽が、いえ、夏芽さんが好きです」
 泣きそうな顔で嵯峨弥さんが言った。
「思い出さない日はなかった。あなたはオレに、たくさんの温かいものをくれました。オレが心から望んでいて、とっくに諦めてしまっていたものを。だのに、オレはあなたを傷つけることしかできなかった」
 零れ落ちる涙。表情が重なった。おれの知ってる、あのサガミに。
「事実は消せません。消してはいけないんです。あの時オレは、その禁をも犯してしまった。二重の意味で償わなければならないんです。でないとオレは、あなたの傍にいることはできない。夏芽が好きだからこそ、尚更・・・・・」
 膝を丸めるサガミが見えた。もういいって言っても聞かないだろう。納得する「償い」をしなければ、サガミは次のステップを踏めない。おれのもとに来ることはできない。

『どうすんだよ』
 おれこそ泣きたいって感じで思った。まったく融通が利かない。こっちがオッケーだってんだから、それに乗っちゃえばいいのに。
『でも、これがサガミなんだよな』
 赤褐甲虫に咬まれたおれを、必死で看病してくれたあいつ。覚えの悪いおれに、根気よく術を教えてくれたあいつ。
『うん。あのサガミだ』

「わかりました」
 意を決し、おれは告げた。
「あんたが償うというのなら、きっちり償ってもらいます」
「夏芽さん!」
 嵯峨弥さんが顔を上げた。びしり。おれは人差し指を立てて宣言した。
「一週間ください!その間に、とびきりの『償い』を考えます。すっごいのを!」
 圧倒されたのか、ぽかんと嵯峨弥さんが見ている。
「いいですね?」
「・・・・・」
「いーですね!」
「あっ、はい!」
 かくして一週間後、おれは嵯峨弥さんに「償い」の内容を告げることになった。