昏一族はぐれ人物語 〜青年編〜 by (宰相 連改め)みなひ ACT10 おれはやる。 嵯峨弥さんともっと親しくなる。 何だか知らないけど、止まりそうにない。 決めた以上は、突っ走るのみ。 見たこともない豪華な料理を前に、嵯峨弥さんが告げた。 「お口に合うかどうかわかりませんが、どうぞ召し上がってください」 「はい!」 挙手を降ろして箸を取った。いざと意気込む。どっちかっていうと合わないのはおれの口って気がするけど、そんなことは気にしない。 「いっただきまーす」 ぱくり。まずは刺し身を一口食べた。とろけるような味。ううう、うまいっ! 「うまいです〜」 「よかった」 幸せ噛み締めるおれに、ホッとした顔で嵯峨弥さんが言った。今おれ達のいるここは「吉膳」。最近名の売れ出した料亭だ。 「いっぱい食べてくださいね」 「はいっ!」 東洞院さんが資料庫を訪れた翌日、オレと嵯峨弥さんはここに来た。名目は嵯峨弥さん看病の「お礼」。オレにとっては実質、初デートだ。 「これ、すっごくうまいですよ!」 「こちらもどうぞ」 すいと嵯峨弥さんの白い手が動いて、瑠璃色の銚子が持ち上げられた。酒まで注いてくれるらしい。 いいよなぁ。 銚子を持つ嵯峨弥さんに、うっとりと見とれてしまった。お城の中(見たことないが)みたいな空間に、これまた王子様みたいな人がいる。流れる銀色の髪。宝石みたいな蒼い瞳。 本当、ごちそうだよ。 思いながら杯を手にとった。嵯峨弥さんが酒を注いでくれる。目にもおいしい。腹にも耳にもおいしい。五感全部にごちそうだ。 ぷはー、うまい。 口当たりのいい酒を飲み干して、おれはすっかり気分がよくなった。幸せだよ。幸せすぎるよ。 「嵯峨弥さんも食べてください!これも、これもうまいですよ」 「そうですね。いただきます」 有頂天で勧めるおれに、嵯峨弥さんが微笑んだ。静かに手を合わせて、箸を手に持つ。ゆず豆腐を一口食べた。動く唇に、上下する喉に目を奪われる。 「うん。ゆずの香りが爽やかでおいしいです」 「でしょ?『豆の屋』のおっちゃんの豆腐もいいけど、これも最高です!」 「『豆の屋』、ですか?」 「ええ。おれんち近くの商店街にあるんですけど、そこの豆腐がうまいんです。一日百個しか作ってくれないんですよ。味を落とさない為には、その数が限界なんですって」 「そうですか。こだわりのお店なんですね」 「そうなんですよ。あ、そうだ。今度一回買ってきますね」 「ありがとうございます」 にこやかな会話。半ば強引に誘わせてしまったけど、強気に出てよかったと思った。嵯峨弥さんと二人っきりの時間。もちろん今までもそうだったけど、今日は更に近く感じる。 兵部省の外で会ってるからかな。 そりゃそうだと思った。ここはあの諜報局の倉庫じゃない。仕事のにおいが全くしない、プライベートな空間。 ホントはこんな仰々しいとこより、おれん家がいいんだけどな。 そうは思ったけれども、贅沢は言うまいとおれは料理に向かった。そうそう、焦っちゃいけない。 「ここは茶碗蒸しがおいしいそうです」 「わぁ、何年ぶりだろ。茶碗蒸しなんて」 ウキウキとする。美しい人とおいしい食べ物。おれと嵯峨弥さんの記念すべき初デートの時間は、滞りなく流れていった。 「はー、食った食ったー」 数時間後。いつもよりだいぶ重たくなった胃を抱えて、おれは店から外へと出た。後ろから嵯峨弥さんが出てくる。 「ごちそうさまでした!」 「こちらこそ、お付き合いありがとうございます」 礼を言うおれに、嵯峨弥さんはにっこり笑んで頭を下げた。銀色の髪がさらりと流れる。 「おいしかったですね」 「ええ。夏芽さんのお気に召して嬉しいです。またごちそうさせてくださいね」 街の灯の中、嵯峨弥さんの髪が様々な色に染まっている。彫りの深い顔。彫刻のように整った。 きれいだよな。 この人に出会ってから、もう何回目だろうことをまた思った。だって仕方ない。きれいなものはきれいなんだから。 もっと近くで見たい。あの瞳の中を覗いてみたい。 痛烈な欲求。どくんと心臓が疼いて、おれは自分が酔っていることに気づいた。そういえば調子に乗って飲み過ぎた。今はちょっと、我慢効かないかも。 「夏芽さん、この後・・・・どうされますか?」 嵯峨弥さんが訪ねた。戸惑いがちに出された言葉の、意味が分からない。 「え?」 「あの、どこか行かれますか?」 「どこって?」 「その、他のお店とか・・・・・そういうお店とか」 「そういうって?」 「あ、なんというか・・・・・女性を楽しむというか・・・」 「はあ?それって遊郭ですか?」 思わず聞き返した。遊郭って、千秋兄ちゃんじゃあるまいし。そんなすごいとこ行けるわけがない。行くカネも、ない。 「どーしたんですか?嵯峨弥さん?」 「えっ、その、オレ人をもてなしたこととかなくって・・・・・・山にこもっていましたから、都で遊んだこともなくて・・・・」 「で?遊びたいんですか?」 「いいえ、違います。人をもてなす方法に、そうものもあると聞きました。ですから、もし夏芽さんがよろしいなら・・・・」 「やです!」 むっつりと即答した。せっかくいい気分だったのに、どんどん不機嫌になる。つまりこの人は、今まで自分が世話になっている「お礼」に、そういう場所での「遊び」も提供しようとしているらしい。そりゃおれも男だ。遊郭のきれいなお姐さん達と聞いて、心が動かないはずはない。けれど、そこまでしてもらう義理はない。 「確かに興味がないと言えば嘘になります。でも、今日おれは、あんたともっと仲良くなりたくてここにいるんです。女と遊ぶ為じゃない」 酒の勢いも手伝って、ばしっと言ってしまった。だけど言ってることは事実。そう思ってるんだ。 「・・・・・失礼しました」 嵯峨弥さんが項垂れた。 「すみません。オレ、夏芽さんの気持ちも考えずに、なんてことを・・・・・」 動揺というより悲壮な顔で、嵯峨弥さんは謝った。肩が震えている。おれは言い過ぎたかなと思ったけど、言ったことを撤回する気はなかった。勘違いして欲しくない。おれは、あんたといたいんだ。 「申し訳ありません。オレが考えなしなばかりに、かえって夏芽さんを不愉快にさせてしまって・・・・」 「いいです」 「えっ」 「わかったなら、いいんです」 目に見えて落ち込んだ嵯峨弥さんに、おれは告げた。 「今日はおれ、嵯峨弥さんと親密になる為来たんです。責める為に来たんじゃない。謝るのは、もう終わりにしましょう」 「夏芽さん・・・・・」 酒の力でいつもより強気なおれを、美しい人が見つめた。 「それと『お礼』、こっちもやめましょう。何回か言ってるけど、おれは、なんでもやりたいからやってるんです。特に嵯峨弥さんに関しては、やっただけで満足なんです。だから、嵯峨弥さんも『お礼』ばっかり見てないで、おれを見てください。それが一番、おれにとっては嬉しいです」 心から伝えた言葉に、嵯峨弥さんは大きく目を見開いた。ぐっと唇を結ぶ。何故だか思い詰めた表情。泣きそうに潤んだ瞳。 「いいですね?」 「・・・・・はい」 「よかった」 大きく息をつく。安堵した途端、足の力が抜けた。ぐるぐると景色がまわって、急に真っ黒になった。 酒量が限界だったのか、おれは倒れてしまった。 |