昏一族はぐれ人物語 後日談
作戦は、今夜!   
by (宰相 連改め)みなひ




ACT3

 ガサガサと手に下げた袋が鳴る。中にある物の重みを感じながら、おれは心で何度もつぶやいていた。

 やるぞ。
 おれはやる。
 必ず嵯峨弥を襲ってみせる。
 二人の愛の障害を、こっぱみじんにぶち壊すのだ。

「ただいま」
「おかえりなさい」
 家に帰り着いたおれを、戸口で嵯峨弥が迎えた。後ろで緩く結わえた髪。おれより長身なくせに、白いかっぽう着が良く似合う。
「ごめんね。食事はもう少しかかるんだ。お風呂は沸いてる」
「わかった。先に風呂入るよ。あ、嵯峨弥、これ」
 おれは手に持つ袋を差し出した。嵯峨弥が小首を傾げる。
「なに?」
「その、酒もらったんだ。引越し祝いだって」
 ごにょごにょと小声で言った。実はこの酒、千秋兄ちゃんの差入れだ。
『おら、酒飲んで一気にいけ。ばーっとやっちまうんだぞ!』
 今一つ勢いのつかないおれに、兄ちゃんはこの酒を買ってくれた。大奮発だった。
『これはな、飲みやすいがよーっくまわる酒だ。二人して、ぐるぐるまわっちまえ』
 どこをまわるんだかわからない。とりあえず、ハメをはずせってことはわかる。ありがたく、おれは酒を受け取った。
「そう。お酒もたまにはいいよね。おつまみ、なにか作るよ」
 酒を受け取りながら、嵯峨弥が言った。
「たのむ。んじゃおれ、風呂入ってくる」
「うん」
 頷く嵯峨弥を残して、おれは風呂場へと向かった。


「おまたせ」
「おー豪華! おいしそー」 
 湯加減ばっちりの風呂を終え、おれは食卓についた。色とりどりの精進料理。酒のつまみらしき小鉢もある。
「まずは今日一日、お疲れさまでした」
 杯代りの湯飲みに、嵯峨弥が酒を注いでくれる。おれも嵯峨弥に注ぎ返した。
「いただきます」
 口に含んだ酒は、甘いにおいと味がした。喉ごしもいい。気に入って何度か杯を重ねた。
「おいしいね」
「つまみもうまいよ。おかずも最高」
「よかった」
 楽しい時間が流れてゆく。もちろんおれは、この時間も嫌いじゃない。むしろ大好きだ。だけど。
 この時間の上に、おれはもっと濃密な時間を重ねたい。
「嵯峨弥、明日任務は?」
 一応、嵯峨弥の予定を確認した。アレの後に任務だったら、大変なことになっちゃうから。
「ないよ。最近暁が落ち着いてるんだ。大きな作戦もないし」
「そっか」
 安心して嵯峨弥に酒を勧めた。飲め飲め。もっと乱れてしまえ。
「この里芋、うまいな」
「それは護国寺でも特別な炊き方なんだ。柚味噌つけて食べるとおいしいよ」
「この湯葉も、つるっとしてておいしい」
「それは作ったんだ」
「おまえが作ったの?豆乳買いにいったのか?」
「うん。夏芽の言ってた『豆の屋』ってとこ。あそこって豆腐だけじゃなくって、豆乳もおいしいね」
 おいしい食べ物に酒。時間はあっという間に過ぎていった。杯を重ねた酒が、程よく頭に効いている。
「はあーっ、なんか熱いね」
 大きく息を吐きながら、嵯峨弥が正座の足を崩した。乱れた裾の間から、白い足が覗く。
「酔った?」
 立ち上がり、近付きながら聞いた。相棒の隣に座る。
「そうかも。心臓がドキドキ言ってるよ」
 苦笑しながら嵯峨弥が返した。薄く朱の入った目尻。同じ色の頬。少しとろんとした、眠たそうな目。
「そろそろおひらき、かな。ここ、片付けないと・・・・」
「いいよ」
「え?」
「いいの!」
 すいと両手を伸ばして、嵯峨弥の肩を押した。ゆらりと上体が傾く。ばさり。畳に広がる銀髪。
「・・・・え・・・」
「するからな」
「夏・・・・芽?」
「学び舎卒業祝い、もらうぞ」
 馬乗りになって宣言した。兄ちゃんは有無を言わさずって言ってたけど、それではなんとなくバツが悪い。記憶の中を引っかき回して、昔の約束を引っ張り出した。強気で突きつける。
「・・・・うん。そうだね」
 軽く笑みながら、嵯峨弥が返した。
「もらってよ。夏芽がいやでなかったら。あの時より、だいぶ大きくなっちゃったけど」
「嵯峨弥!」
 一気におれは舞い上がった。やった!即答オッケーだよ!兄ちゃんが言った通りだ!そう思った時、
『お前が押し倒したら、嵯峨弥だって拒まないと思うぜ?それこそ痛かろーがなんだろうが、これも‘償い’だって、喜んで受けると思うけどな』
 ふと兄ちゃんの言葉が頭に甦った。拒まない。喜んで受ける。「償い」?

『まずいんじゃないか?』
 もう一人のおれが言った。
『今、おれが嵯峨弥を抱いたら、嵯峨弥はそれを‘償い’だって思うかもしれない』
 そんなのはいやだ。「償い」なんていらない。おれが欲しいものは、違う。
『だったら、どうする?』 

「代われ」
「へ?」
「おまえが上やるんだ。嵯峨弥」
「えええっ」
「ほら」
 ごろん。
 驚く嵯峨弥をよそに、おれはあいつの隣に寝転がった。口を結んで覚悟を決める。さあこい!
「・・・・夏芽?」
 まだ動転したままの嵯峨弥が、起き上がってこちらを窺う。
「乗れ」
「えっ!でも、その・・・・」
「乗れって言ってるだろ?さっさと乗れ」
「夏芽っ、あのね」
「嵯峨弥!」
 睨みながら名前を呼ぶ。嵯峨弥は少し戸惑った後、おずおずとおれに跨ってきた。びくびくと不安そうな顔。
「・・・・いいの?」
「悪かったら言わない。おまえ、おれが好きだろ?」
「うん」
「おれもおまえが好きだ。だからいい。な?」
「・・・うん」
 嵯峨弥が頷く。震える声。震える唇。こら泣くなったら!
「泣いてる暇があったら、やれよ」
「そうだね」
「今度はちゃんとしろよ。あん時みたいなのは、ごめんだ」
「はい」
「記憶も消すなよ。おまえがやったこと全部、覚えててやる」
「お願いします」
「始め!」
 おれのかけ声の後、嵯峨弥の顔が近付いてきた。泣き笑いの表情。ぽたりとしずくが落ちる。

 きれいだ。
 やっぱり嵯峨弥は、笑ってるのがいいや。
 そのほうがいい。

 のんきにそんなことを考えながら、おれはゆっくり、目を閉じた。


 その夜の既成事実作戦は、見事に成功したらしい。
 作戦結果を聞いた千秋兄ちゃんがどんな顔したかは・・・・それは、内緒。


おわり

   終章「眠りの夜」へ