昏一族はぐれ人物語 後日談
作戦は、今夜!   by (宰相 連改め)みなひ




ACT2

「それにしても、厄介だよな」
 就業後の資料庫。タバコを片手に千秋兄ちゃんがぼやいた。既に嫌そーな顔になっている。
「嵯峨弥とお前、本当になんもねーのかよ」
「ないよ!あったらあったで言うし!」
「いや、言わなくていい」
「なんで?」
「いいんだよ。いろんな意味で」
 顔が?なおれに、ぼそりと兄ちゃんは告げた。おれはさらに?になる。なんなの兄ちゃん?言わなくていいって、なんだよ。
「まあ嵯峨弥もな、自分から手を出せねーってのはわかるけどよ」
 ギュギュッ。灰皿でタバコをもみ消しながら、千秋兄ちゃんが言った。二本目に火をつける。
「どうして?」
「そりゃあお前、前科があるしな」
「・・・・・」
 前科。それの意味するものに、心あたりはあった。ほぼ四年前、おれは嵯峨弥に乱暴されてしまった。ギリギリの精神状態だった、嵯峨弥に。
「でもさ、過去は過去だよ。何も一緒に暮らしてる今まで、過去に縛られなくていいじゃない」
「そりゃー無理だろ。一緒に暮らしてること自体、あいつにとっちゃあ『償い』だからかねぇ」
「でも・・・・・」
 おれは口ごもった。確かに二人の同居は、嵯峨弥のおれに対する「償い」という名目で始まった。だけど、おれの中でのそれは、別の意味を持っていた。
「おれは、嵯峨弥と一緒にいたいだけだよ」
「一緒に暮らしちゃあいるだろ?」
「けど、それだけじゃやだよ。今のおれと嵯峨弥って、まるで主人と召使いって感じだ。おれは嵯峨弥と恋人になりたいんだ。好きな人と一緒にいれば、チューの一つもしたくなるよ」
「ま、そりゃそうだよな」
 白い煙を吐きながら、千秋兄ちゃんが呟いた。そのまま黙り込む。おれも黙った。
「あいつのことだから、きちんと償おうって精一杯なんだろうな」
「・・・うん」
 きりきりとこまねずみのように働く、嵯峨弥の姿が思い出された。至れり尽くせり。一生懸命やってくれてるのはわかる。そこまでしなくていいと思うくらいに。
「まあでも、お前の気持ちもわかるよな。やっと思いが通じたんだ。これから恋愛の醍醐味ってやつを、味わいたいよな」
「うん」 
 今更ながらに、過去のあの日が恨めしくなった。おれは今を生きていきたい。なのに、過去が今を邪魔してる。
「もうこれはそうだな、お前がやっちゃうしかないんじゃないか?」
 ふ--------っ、大きく息を吐き出しながら、千秋兄ちゃんが言った。
「やるって、何を?」
「アレだよ。嵯峨弥を襲え。有無を言わさず、一気にやっちまえ。既成事実作戦だ」
「え--------------!」
 すっとんきょうな声を出して、おれは兄ちゃんから後ずさりした。おれが嵯峨弥を襲う?ムリヤリやっちゃうってこと?
「だめだよ兄ちゃん!」
「そうか?俺はいい案だと思うけどな。お前が押し倒したら、嵯峨弥だって拒まないと思うぜ?それこそ痛かろーがなんだろうが、これも『償い』だって、喜んで受けると思うけどな」
「えっ、受けるのって痛いの?」
 自分では初耳だった情報に、驚きながら聞き返した。
「慣れるまでは、らしい。お前経験者だろ?覚えてないのか?」
「それがはっきり覚えてないんだー!やられちゃった時の記憶は戻ったけど、感覚とかはさっぱり!」
「嵯峨弥のことだからな。『昏』の能力で痛覚抑えてたかも。それとも、よっぽどうまかったのかな」
「どうしよう兄ちゃん!」
 パニックになって叫んだ。
「おれ、『昏』の能力なんてないよ!アレも上手にできないっ!そんなの無理だーーー!」
 ぐるぐる。頭の中を「無理だ」が回っている。これってピンチだ。おれ達の愛の壁だ。どうする、おれ!
「気にすんな。夏芽」
 がしり。動揺するおれの肩を掴み、千秋兄ちゃんが言った。
「安心しろ。どんなにお前のアレがヘタクソでも、嵯峨弥はお前を嫌いになったりしない。それは俺が保証する」
「兄ちゃん・・・・・」
「あいつはお前に術を教えることができたんだ。俺でさえ、匙を投げてたお前に。お前、昔はそりゃあ実技ひどかったんだから。嵯峨弥はそのお前を一人前にしたんだ。だから、きっとアレだって上手くなるようにしてくれるって!」
 思いっきり力説されて、おれはどうにも複雑な気分になった。なんかすごいこと言われているような気がする。
「自信をもて夏芽。まずは実行だ」
「そうかな」
「そうだよ!」
 ばしん。兄ちゃんが背中を叩く。
「ケホッ・・・う、うん」
 おれはケホケホ咳込みながら、嵯峨弥襲撃を心に決めた。