天の頂 ACT3 もういい。 どんなに望んでいても、叶わないことはある。 どれだけ願っていても、届かない声はある。 だから、諦めるしかないのだ。 オレは、「昏」にはなれない。 連絡のあった翌日の朝、出雲は昏の村へと帰って来た 家に着いた出雲が最初に見たものは、冷たくなった母を抱え続けるオレの姿だった。 『嵯峨弥様ッ!』 その日は出雲の声を聞いたのが最後で、オレにはそれ以降の記憶がない。一昼夜一睡もしなかったオレは、気を失ってしまったようだ。 「嵯峨弥様、おかげんはいかがですか?」 翌日、目を覚ましたオレは、母の弔いの場にいた。オレが眠っている間に、出雲が全て段取りしてくれたらしい。 弔いの儀式は滞りなく終わった。オレは棺に眠る母を見送り、二度目の空高く上がる煙を眺めていた。 煙が空へと上がる。高みへと。 もっと、もっとと上がってゆく。 母さん、いっちゃったな。 父さんたちと会えたかな? ・・・・会えたよな。あんなに仲がよかったもの。それにしても。 なんか、いきなり全部きちゃったよな。 「ご安心ください」 振り向けば出雲がいた。 「近江様のことです。今ごろお母上をお迎えになっていらっしゃるでしょう。お優しい方でしたから」 出雲が告げる。いつもと同じ穏やかな笑み。心にゆっくりしみこんで。 オレはやっぱり泣きそうになってしまった。思った通り出雲は、同じ事を考えてくれていたから。 「帰りましょう。ここは寒うございます」 「うん、そうだね」 頷いたオレと出雲が、歩きだそうとしたその時だった。なんだろう、向こうの方が騒がしい。 「出雲?」 なんだろうと思って見上げる。 「少し、面倒なことになりました。連絡が行き違っていたようです」 「連絡?」 「彼らが、ここに着きました」 引き締まった表情の出雲が告げる。 「行きましょう」 何が起こったのかわからない。けれど、オレは歩き出す出雲の後に続いた。 出雲の歩くその先には、村の者が集まっていた。 「何故『御影』が村へと入るか!ここを、『昏』の村を知ってのことか!」 大人達が言う。言葉の投げられた先には、黒装束の男が立っていた。 「俺達は、依頼されてここに来た」 「ばかな!『御影』を呼ぶ者などおらんわ!」 「呼ばれたのは医師だ。今は、安全な場所で待機している」 「医師?知らぬな。『昏』に仇なす輩ではないのか?」 「疑うのはそちらの自由だ。だが愚かだな。『昏』なら、視ればよかろう」 「貴様!」 「おやめください!」 睨み合う男と村の者との間を、出雲が割って入った。皆、一斉に気づいたような顔をする。 「出雲、お前か」 「お前だな」 「裏切者」 「申し訳ありません」 「御影」の男を庇うように立ち、出雲は皆に頭を下げた。人々の視線が、刃となって出雲に突き刺さる。 「この方は、私がお頼みしてこの村に来て頂きました。嵯峨弥様のお母上をお助けしたくて、御影研究所の医師を・・・・」 「だが、遅かったようだな。出雲」 「はい」 黒装束の男の問いに、出雲が答えた。その時。 「なるほどな」 声に一族の者が道を開けた。おれはその先に目をやる。そこには昏一族の長、長戸伯父がいた。 「皆もやめるのだ。見苦しい」 「はっ」 村の者たちを見渡し、長は言った。黒装束の男に目をやる。 「『御影』の方、この昏出雲の言うこと、真実か?」 「ああ」 「それはわざわざこのような辺境にお越し下さり、お手間をとらせた。しかし、残念ながら医師を必要とする者はもういない。早々に村からおひきとりを」 「長戸様」 「下がれ」 声をあげる出雲に長が命じる。口を引き結んで出雲がひかえた。 「昏出雲。許しなく外部と連絡を取った旨、後で話がある」 「長戸伯父さん!」 思わず叫んでいた。話って、出雲を咎めるの? 「嵯峨弥」 「出雲は、母さんを助けたくてやったんだ!」 「それで?だからといって禁を犯していいというものではない。御影研究所と連絡を取るなどもっての他」 「どうして?母さんが死にそうだったから、出雲は・・・・」 「我等は御影研究所とは慣れ合わない。お前は研究所の奴らが何をしているか知ってるか?奴らは我等の遺伝因子が欲しいだけだ。実験材料としてな。そしてその凶々しい実験こそが、あの者を生み出したのだ!」 実験材料。あの者。誰の事を言ってるの?凶々しい実験って、何? 「伯父さん!」 「黙れ!『昏』でなき者が、『昏』の長に指図するか!」 ざくり。一番弱い所を切り裂かれた。ぐっと唇を噛む。言い返せない。 「屋敷へもどる。出雲も同行させよ」 長がくるりと踵を返した。その後を、村の男たちが出雲を連れて進む。 「出雲!」 「大丈夫です」 立ち止まり、出雲が告げた。 「すぐに戻って参ります。どうか嵯峨弥様は、家でお待ちを」 出雲は微笑んでいた。だけどオレにはわかる。出雲がオレに心配させないよう、無理して笑っていることが。 「出雲!出雲っ!」 「お前は昏近江の息子なのか?」 出雲を見送るオレに、黒装束の男が声を掛けた。 「・・・・そうです」 「ならば、俺はお前に用があると言えよう。俺は帥(すい)と言う」 「御影」を名乗るその男は、まっすぐオレを見下ろした。 |