光さす場所    
by(宰相 連改め)みなひ




ACT9

 自分が何をしたか、よくわかっている。
 それが、取り返しのつかないことだと言うことも。
 それでも、おれはこの人に目覚めて欲しい。



 あれからどれだけ経ったのだろう。水木さんは昏々と眠り続けていた。
 顔色はずいぶん良くなった。呼吸も辛そうじゃない。後は意識が戻れば一安心なのだが、未だその兆しは見られなかった。
『当たり前だよな』
 眠る横顔に思う。あれだけのダメージだ。そんな、簡単に目覚めるはずがない。
『いいか?オレが帰ってくるまで、生きていること。これは命令。わかった?』
 真摯な表情が思いだされた。しみじみと思う。水木さんは約束を守った。おれを助けに戻ってきてくれたのだ。
『オマエ、オレを馬鹿にしてんのか?この水木さんに仲間を見捨てろだと?冗談も大概にしろよ』
 この人のことだ。おそらく、暴走したおれと対峙したのだろう。おれの『水鏡』として。そして、おれを止めてくれた。その身全部を費やして。
 全身に刻まれた細かい傷。
 それらが、雄弁にそれを物語っていた。
『この人、だからだ』
 暴走したおれが、こんな短期間で自分を取り戻すことはなかった。いつもは多量の符と術を使い、皆に取り囲まれるようにして捕獲されてきた。次に長い拘束。時には半月に及ぶこともあった。裏を返せば、それだけの時間を掛けなければ、おれはおれに戻れなかった。
 そのおれをたった一人で、この人は止めたのだ。
『水木さんだから、なんだ』
 この人でなかったら、おれを止めることは出来なかった。おれは破壊の限りを尽くし、味方をも攻撃していただろう。結果、おれが死ぬか大勢の犠牲者を出さない限り、暴走は止まらなかったはずだ。だけど。
 おれは水木さんを求めていた。水木さんしかいなかった。唯一、受け入れてくれた水木さんを、おれは離したくなかった。だから、こうなったのだ。
 正直に思う。この人を殺してなくて、よかった。一時は命も危なかったけれど、取り留めてよかったと思う。だけど。
 取り返しのつかないことには、変わりない。

『水木さん』
 心の中で呼び続ける。目を開いて欲しかった。
『起きてください。水木さん』
 目覚めた人は、おれを怖れるかもしれない。敵意を向けるかも。嫌悪するかもしれない。けれど、目覚めて欲しかった。
『おれはここです。水木さん』
 心配なのは心。この人の心を壊していないか、それだけを怖れていた。
 不安が息を詰める。うつ伏せの背中を念じるように見つめていた時、水木さんの肩がピクリと動いた。 
 起きた。
 思い人の目が開いた。徐々に焦点が合う。辺りを用心深く伺った後、そろそろと首を上げた。
 おれは最小限、自らの気を殺した。そのうち気付かれるのはわかっていたが。極力、この人を恐がらせたくなかった。
 びくり。
 数瞬後、水木さんの身体が小さく動いた。背後のおれに、気が付いたらしい。
 喜び。不安。怖れ。
 様々な感情が身体を駆け巡る。覚悟していた瞬間だった。それでも、目覚めてくれてよかったと思った。
「すみません」
 閉じられた瞼にそう言った。水木さんが反応している。こちらを見上げようとした。
 ぽとり。
 涙が零れた。後悔と喜びの涙が。哀しみと嬉しさの涙が。愛しい人の顔に髪に、落ちていった。
「水木さん・・・・・すみません・・・」
 言葉はそれしか持たなかった。償えるものではない。わかりきっていたけれど、言わずにいられなかった。水木さんが見上げている。驚いた表情だった。
「・・・・・こんなつもりじゃなかったんです。あなたを傷つけたくなかった。でも、あなただとわかったあの時、おれは自分を止められなかった・・・・」
 正直に言う。己の気持ちを。後悔を。不甲斐なさを。言わなければいけないと思った。
「許されるわけないって、わかっています。だけど、もうおれ、謝るしか・・・・・」
 おれはあなたに酷いことをしました。だけど、今はこれしか出来ない。償う資格もないし、償える方法も見いだせないんです。
 おれは謝り続けた。何度も何度も。水木さんは、黙って見つめていた。しばらくして。
 そろり。
 水木さんの手が動いた。そろそろとこちらに伸びてくる。歯を食い縛って伸ばしているようだった。おれは凝視する。覚悟を決めた。
 
 いいです。
 攻撃でも何でも、おれに下さい。
 あなたになら、何をされてもいい。
  
 神妙にその手を待ち受ける。髪に指先が触れた瞬間、水木さんは意識を失った。
 おれは思い人を抱きかかえ、猟師小屋を後にした。 

 まる一日後、おれは御影宿舎にたどり着いた。