光さす場所    
by(宰相 連改め)みなひ




ACT10

 御影宿舎に着いてすぐ、おれは水木さんを医療棟に運んだ。幸い、水木さんに大きな外傷はなかった。
「何があったんだよ」
 水木さんの友人の、閃とか言う人が言った。
「水木がここまでやられるなんて。ここ数年来、なかったことだぜ?」
 探るような目つき。おれは唇を結んだ。少し沈黙した後、一言、「おれのせいです」とだけ答えた。
「お前の、ねぇ。ま、いいさ。飛沫が呼んでるぞ」
 目の前の人は困ったように顔を歪め、御影長室へと顎をしゃくった。スタスタと歩き出す。おれは黙って後に続いた。
 二つの足音だけが繰り返される。騒ぎを聞きつけたらしい、遠巻きに見ている男たちの視線。針の筵だと思った。
「何があったのか知らないけど」
 前をゆく背中が告げる。
「もし、本当にお前がやったんなら、それ相応の報いってのは返ってくるぞ」
 確認するような声音。おれは息を吸い込み、「わかっています」と答えた。ぴたり。閃という人の足が止まる。
「どうしたんですか?」
 疑問に思って尋ねた。
「・・・・いや。そういう奴なんだなーって思っただけ」
 くるりと振り向き、その人は言った。くるりと回る焦げ茶の目。口元はしっかり引き上げられている。おれは首を傾げた。意味がわからなかったから。
「さ、行こうぜ」
 鳶色の髪の「水鏡」に促され、おれは再び歩き出した。



「お前の所為ではない」
 隻眼の御影長は言った。
「わしは、篝よりお前のことを聞いていた。その上で水木と組ませたのじゃ。水木が傷を負ったはあやつの力不足。お前を止められるほどの力を持たなかった。つまりは、わしの見誤りじゃ。現にお前は任務を果たしたではないか」
「違います」
 宥める声に反論した。今まで長に逆らうことなどなかった。あの、西亢の砦にいる時でさえ。だけど、これだけは譲れない。
「水木さんは力不足じゃないです。あの人は暴走したおれを止めてくれました。『水鏡』としての務めを果たしたんです。それに、水木さんの作戦と補助がなければ、おれは任務を果たしきれませんでした。それどころか、暴走がおさまるまで無差別に破壊し尽くしていたでしょう。水木さんは、それを防いでくれたんです。問題は、暴走を止められなかったおれにあります」
 詰め寄って言った。飛沫様の顔が顰められる。こめかみを抑え、ため息を落とした。
「頑固じゃのう。で、お前はどうするつもりじゃ」
「処罰を受けます」
 即答した。当たり前だと思った。おれは水木さんを傷つけたのだから。
「罰、のう・・・・」
 複雑な顔をしたまま、飛沫様が押し黙る。おれも黙って待ち続けた。少しして。
「お前を処罰してどうなるものとは思えぬが・・・・・。閃」
 御影長が呼んだ。扉が開き、先程の男が現れる。作法通りに頭を下げた。
「お呼びですか?」
「斎を地下へ」
「はいはい。拘束室ですね?」
 鍵を受けとりながら、にやりと男が返す。
「そうじゃ。世話はお前に任せる」
「了解しました」
 閃という人が奥へと進んだ。入口とは反対の位置にある扉を開ける。その奥に階段が現れた。
「斎 、こっちだ」
 人差し指で手招きする。おれは前へと進んだ。御影長室を横切り、階段の前に立つ。
「覚悟しなよ」
 言われて見つめた。言葉とは裏腹に、その人の顔はにっこりと笑んでいる。
 拷問とかするのかな。
 西亢の砦では、気晴らしにやる奴がいた。それでなくても、おれは一度暴走している。水木さんの友人であるこの人ならば、仕返し位するかもしれない。
「久しく使ってないからさ。ものすごーく汚いんだから」
 次の言葉に驚く。拘束室は咎のある者や捕虜などが入る。不快な環境なのは当然なのに。 
「いくぞ」
 首を傾げるおれに、閃という人は片目を瞑った。踵を返す。階段を地下へと降りていった。
 この人達は、どうして責めないのだろう。 
 釈然としないものを感じながら、おれはその後を追った。


「ここがさ、一番丈夫なんだ」
 一番奥の牢におれを繋ぎ、水木さんの友人は言った。
「一応、手足も拘束するよ。西亢じゃいつもそうだったんだろ?」
 言われて驚く。この人、知っているのだろうか?言われるままに手足を出し、拘束を受けた。
「一つだけ訊くけど」
 褐色の目が覗きこんできた。水木さんより、幾分濃い色調の瞳が。
「お前、こういうの好きなの?」
 意外な言葉を聞く。慌てて首を振って否定した。
「だよなぁ。じゃ、な」
 くしゃりと顔を歪めて、水木さんの友人は笑った。くるりと背を向ける。そのまま格子の外に出ていった。
『これでいいんだ』
 目を閉じながら思った。おれは、またおれを止められなかった。それどころか、水木さんをも傷つけてしまった。だから、こうしているのが分相応なのだ。ケモノはケモノなのだから。

 一番嫌いで、一番馴染んでしまった暗闇の中に、おれは座り続けた。