光さす場所    
by(宰相 連改め)みなひ




ACT8

 あの木が取り込んでいた念に呑まれたおれは、もう一人の自分を野放しにしてしまった。
 常に餓え渇いていた、金色の瞳のケモノを。
 記憶は抜け落ちていた。
 ただ、どこかで一度だけ、水木さんの名前を聞いた気がした。


 暗闇。
 おれの大嫌いなそれが、また周りを取り囲んでいた。
『暗イノハ、イヤダ』
 抜け出したくて、必死でもがいた。
『一人ハ、キライダ』
 どこかに掴まりたくて、精一杯、手足を伸ばした。
『誰カ、気付イテ』
 伸ばした手が、何かを掴んだ。
『オレハ、ココ二イル』
 掴んだものを離したくなくて、全力でしがみついた。


 徐々に暗闇が晴れてくる。
 完全に意識を取り戻した時、信じられないものを見た。
 それは、身体中傷だらけで、おれと繋がったまま意識を失っている水木さんだった。

 思考が停止している。考えようとしても、上手くまとまってゆかない。それでも、なんとか目の前にあるものを認識しようとした。
『オレハ、何ヲシタ?』
 蒼い顔。白い肌には、あちこちに痣が為されていた。
『オレガ、シタノカ?』
 大きく広げられた足。その奥に、おれが埋めこまれている。
『オレガ、貪ッタノダ』
 力の抜け落ちた身体。ずっと噛み締められていただろう唇は変色し、赤く血が滲んでいた。


 叫びたいのに声が出ない。こんなにも、心は荒れ狂っているのに。


 怖れていた。
『オレノ中ニハ、ケモノガイルンデス』
 これだけは避けたかった。
『ソイツハ、全部壊シテシマウンデス』
 どうしても防ぎたかった。
『オレニハ、止メラレナインデス』
 おれが、あなたを傷つけることだけは。
『ダカラ、アナタモ・・・・・』
 
「・・・・・水木さん、水木さん!水木さん!」

 両肩に手を掛け、ぐったりした身体を揺らす。反応はなかった。
『終ワリダ』
 繋がりを解き、己の増幅印を消す。額のこれも、原因の一つだと知っていた。
『オマエノ、セイダ』
 印を組む。
『無駄ダ』
 唇を合わせる。力ない歯列を割った。
『取リ返シハ、ツカナイ』
 ありったけの気を、水木さんに注ぎ込んだ。


 お願いです。
 どうか、この人の命を、ここに繋ぎとめてください。
 何でもします。
 全部あげます。
 それ以外、何も望みませんから。
 この人はおれを見つけてくれたんです。
 こんな、壊すことしかできないおれなのに。


 震える指を首すじにやる。命の流れを計った。水木さんの心臓が、力強く打ち始めている。
『ゴメンナサイ』
 再度気を注ぐ。だんだん頬に赤みがさしてきた。
『本当二、ゴメンナサイ』
 呼吸も落ち着いて来た。完全に安定したのを見計らい、おれは水木さんを抱きかかえた。地面を蹴りながら遠見を使う。一刻も早く、安全な場所を見つける必要があった。
 あった。
 程なく、山の中腹ほどに作られた猟師小屋を見つける。気で中を窺い、それが無人の場であると確認した。
『温メナクチャ』 
 水木さんを寝台に寝かせる。冷えた身体を小屋に備えつけてあった毛布で包んだ。囲炉裏に火術で火を熾し、鍋に湯を沸かす。
 一つ、一つ、自分のつけただろう傷を拭き清めていった。思い人は目覚めない。その都度、軽く顔を顰めるだけで。

 全ての手当てを施した後。おれは、水木さんが目覚めるのを待った。