光さす場所    
by(宰相 連改め)みなひ




ACT7

 額が熱い。
 増幅印の施された場所に、どんどん気が集まってくる。
 自分のものだけではない。
 そこには、あの人の気も加わっていた。


 水木さんが南側に去った後、おれは精神集中の印を組んだ。
 自らの気を最大限に高める。相手が相手だけに、中途半端は許されない。一気にカタをつけようと思った。
 知るかぎり複雑な口呪を唱え、大がかりな砕破印を組みあげてゆく。この凶々しい木を一片たりとも、この世に残すわけにはいかなかった。
 
 こんなもの、あってはいけない。
 心の底から思う。そうだ。存在してはいけないのだ。
 人の念を、命を吸い続けてきた木など。

『斎。今よ』
 水木さんからの合図。同時に砕破術の最終段階の印を組む。
「はあっ!」
 おれは戸惑うことなく、高めた気の全てをその木に叩き込んだ。
 爆発音。
 地響きを伴って起こる。結界を張って飛んでくるものをやり過ごした。
 爆風。
 飛ばされないように、必死で足をふん張る。全力で結界を維持した。
 効いたか?
 立ち籠める煙の中、若木のあった場所を確認する。木は跡形もなく消滅していた。やった。
『木は粉砕しました。水木さん、逃げてください!』
 遠話を送った。目標は達成。後は、攪乱だ。出来るだけ多く騒ぎを起こさなければ。
 南側は水木さんが脱出する。北側は今、爆破した。あとは、東か西。まずは西か。
 ぞくり。
 攪乱に向かおうとしたその時、おれはそれを感じた。

 術でもない。
 気でもない。
 それは、人の念。
 苦痛。怒り。憎悪。
 あの木が吸い上げ、溜め込んでいたもの。
 糧になった者たちの、強力な「呪」だった。


 全身の気を張り詰める。逃げなくては。こんなものに呑み込まれたら、終わりだ。戻ってこれなくなる。おれは地面を蹴り、そこを離れようとした。
 動かない。
 そこを去らなくてはいけないのに、下肢が石のように硬直している。するりと何かがまとわりついてきた。
「うっ」
 周りには何も見えない。でも。腕に足に首に感じる。それは、人の手の感触。
『ドウシテ』
 全力でもがいた。
『行カナイデ』 
 この手を振り放さなければ。
『一緒二イテ』
 すべて、断ち切るのだ。
『痛イ』
『苦シイ』
『寂シイ』
 ああでも。彼らは「敵」じゃない。


 見える。見えてしまう。
 目を瞑っても無駄だった。頭に直接叩き込まれる。彼らの怒りが。哀しみが。思いが。
 糧になる。それだけの為に苦しめられた者たちの念。死して尚、あの木に縛られている者たちの。
『イヤダ。コノママ死二タクナイ』
『助ケテ。ココカラ出シテ』
『誰カ』
 いくつもの叫びが、涙が、命が消えていった。
 あの、固くて冷たい岩肌に。
 彼らは求めていた。何度も諦めて。それでも、諦めきれなくて。 
 おれも同じだった。

『消シテシマエ』
 聞き慣れた声が響いてくる。深く、身体の奥底から。
『総テ、終ワリ二スルノダ』
 抑え込んでいたもの。己を傷つける者達を、決して許さない心。
『何モ、残スナ』
 総てを憎む自分。
 
 身体が熱くなってきた。頭痛。こめかみから脳の中心へと突き抜ける。吐き気がした。
 止めなきゃ。
 必死で抵抗する。でも、自分の内側からくるものを抑えきれない。溢れ出てしまう。
 駄目だ。
 目が、耳が、全ての感覚が遮断されてゆく。自由が効かない。呑み込まれた。
 意識が遠のいてゆく。完全にそれが消えさった時 。
 獰猛で餓えきった、おれの中のケモノが目を覚ました。