光さす場所    
by(宰相 連改め)みなひ




ACT6

 天角の砦に侵入後、水木さんとおれは砦内を探した。水木さんの遮蔽結界は動きやすく、少しの圧力も感じなかった。
 結界って張る人に似るのだろうか。
 外壁を進みながら思った。水木さんの張った結界は、決しておれを縛ることなく、自由にさせてくれる。
 とにかく、しっかり警戒しなくては。
 後ろには水木さんがいる。望んで先に行かせてもらったのだ。せめて、先鋒ぐらい務めたい。
 おれが前にいれば、もし敵に相対した時でも楯くらいにはなる。
 手練れの水木さんには余計なことかもしれない。でも、何か少しでも役に立ちたかった。
 ふと後ろを振り向く。水木さんがぼんやりとしていた。何故だか、うれしそうな顔。何か見つかったのだろうか。おれは遠話で訊いた。
『何でもない。ちょーっと、任務後のコトを考えてただけ』 
 思い人はにやりと笑った。途端に思いだす。水木さんが言った「最後まで」の意味を。急に恥ずかしくなった。
「任務中です」
 照れ隠しに言って前を向く。水木さん、ちょっと不謹慎だ。でも、それだけ楽しみにしてくれているのだろうか。
 不安と期待が入り交じる。緩んでしまいそうになる気持ちを誤魔化すように、おれは先を急いだ。
 


 あらかた砦内を探し終え、おれは水木さんを伺った。水木さんは考え込んでいる。少し、不安になった。
 いろいろな憶測が巡る。
 もし、新兵器などないのだったら。
 もし、与えられた情報がただのデマだったら。
 もし、これが罠だったら。
『水木さん』
 不安が言葉になってしまった。水木さんがこちらを向く。少し、ホッとした。
『これだけ探してないってことは、後は地下ぐらいかねー』
 黙って頷く。地上部分は漏れなく探した。あと何かあるとしたら、水木さんの言うとおり、地下部分しかないと思った。
『新兵器はなかったってことにして、ここを思い切り破壊して逃げるのもいいけど、なーんか面白くないよね?』
 任務は新兵器の有無に関わらず、ここにダメージを与えればいいとのことだった。でも、それでは不十分な気がする。わざわざ新兵器の情報を得たのだ。もしそれを取り残してしまったら、きっと後に仇なすことになる。おれはそのことを告げた。
『そうだな』
 水木さんも頷いている。どうやら同じ考えらしい。よかった。と、思った。
 水木さんは上に立つものとしても勝れている。下の意見も聞く耳があるから。それを取り入れる頭があるから。水木さんなら、安心して従ってゆける。
『行きましょう。そろそろ気が動き始めています。異変を感じ始めた者がいるかもしれません』
 地下へと促した。僅かに砦内の気が乱れ始めている。行動は早いほうがいい。
『賢明。これからは二手に分かれていくから。斎は北側、オレは南。何かあったら遠話で連絡。いい?』
『承知しました』 
『じゃ、行くよ』
 水木さんの指示通り、おれたちは二手に分かれた。それぞれ入口を見つける。水木さんは南、おれは北。地下へと降りていった。



 なんか、嫌だな。
 迷路のような通路を辿りながら、おれはそう思った。
 地下部分全体に立ちこめる気。それは、凶々しいものを孕んでいた。人ではない。でも、その気は人の怨念によく似ていた。
 なんだろう。
 胸騒ぎが大きくなる。おれの奥底にあるものと、この場所の気は似ていた。一際、気が濃い場所を見つける。警備の者数人を始末し、おれは奥へと進んだ。だんだんと見えてくる岩肌。
「・・・・・・あ」
 それを見た時、背筋に震えが走った。気を抜いたら呑み込まれてしまいそうな、負の念が籠っている。まだ若木だった。 
 何だ。
 本能が警鐘を鳴らしている。危ない。あれは、危険なものだ。
 おれは遠話で水木さんを呼んだ。
『何?なんか見つかった?』
 水木さんはすぐに答えてくれた。木のことを報告する。
『オーケー。そこで待機ね』
 水木さんが指示を出す。待つ時間がやたら長く思えた。早く来て欲しい。一人でここに長くいたら、どうにかなりそうな気がした。
『凶々しいとは、こういうもののことを言うのね』
 若木を見て、水木さんはそう言った。真剣な表情。やはり、相当やっかいなものらしい。
 吊るされた無数の符。呪印がいくつも刻まれた幹。赤黒く変色した根元の土。それが何を吸ってきたか、手に取るようにわかる。むせ返るような血の臭い。頭がくらりとした。
『木の周りに防御結界が張ってあります。それと封印結界も。でも、それでも中にあるものが少しずつ、漏れ出して来ています。この結界を破った時が・・・・・恐ろしいです』
 正直に言う。結界から漏れ出ている気だけでも圧力を感じているのだ。何も遮るものが無くなった時どれだけのものが襲うのか、想像もつかなかった。
『そうね。でも、これを破らないと破壊は出来ない。結界自体は大したことないみたいだから、いけそうね』
 水木さんの言うことは正論だ。おれたちはこれを破壊する為に来た。怖れてなどいられない。それでも、身体が細かく震えた。
『怖いの?なら、オレがやるけど?』
 助け船を出された。余程おれは怖じ気づいているらしい。だからこそ、逃げてはいけないと思った。意を決し、自分にやらせてもらえるよう頼む。怖れを乗り越えたいと思った。 
『わかった。じゃあ、頼む』
 おれに任せてくれる。嬉しいと思った。経験の少ない者にやらせるなんて、危ない賭けだと思う。けれど、敢えて水木さんは信じてくれるのだ。おれを。
 一つだけ、不安はあった。
 おれのことはいい。全力であの木を破壊する。できるだろうと思った。でも、あの木の結界が解けた途端、襲う気がどれだけの影響を与えるかわからない。おれだけではなく、水木さんにも危険が及ぶ可能性があった。どうすればいいかを考えていた時。
『実はオレ、ヤボ用ができちゃったのよ』   
 水木さんが告げた。
『捕虜にね、昔世話になった奴がいたの。借りは返さなきゃね』
 どうやら知り合いの捕虜を逃がすつもりらしい。チャンスだと思った。
 おれだけなら何とでもなる。よしんばここから逃げ出せなくても、この新兵器さえ破壊すればいいのだ。その間に、水木さんが脱出できる。
『おれがこの木を破壊して騒ぎを起こします。その隙に、水木さんはその方と逃げてください』 
 はっきりと言った。水木さんの目が一瞬、泳ぐ。迷っているようだ。

 いいんです。
 おれは大丈夫なんです。
 だから、早く行ってください。

 強く名前を呼んだ。水木さんがこっちを見ている。真っ直ぐ視線を返した。
 伝える。
 自分に任せて欲しいと。水木さんのやるべきことをやって欲しいと。あなたに生き残ってほしいと。
『増幅印を施した』
 おれの額に印を書き、思い人は言った。
『オレの気を借りて、オマエの力は増幅される』
 力を貸してくれると言うのか。自分もここから脱出しないといけないのに。でも、おれは・・・・。
『斎!』
 戸惑うおれに水木さんは怒鳴った。鞭のような声。びくりと身体が揺れた。
『いいか、オレが帰ってくるまで、生きていること。これは命令。わかった?』
 危険です。帰ってくるだなんて。もしおれが、暴走してしまったら。 
『まだそんなこと言ってるの?ぶつよ』
 言われて竦み上がった。慌てて謝る。それでも不安は消えなかった。
 顔が引き寄せられる。口づけ。全てが絡めとられてゆく。抵抗できない。ただ、されるがままでいた。
『破壊の合図はこちらでする。言いつけ、守るのよ』
 頷く。気持ちは落ち着いていた。もう、迷っても仕方がないのかもしれない。
『忘れるな。オレとオマエは、まだイイコトしてないんだから』
 ならば、できることをしよう。怖れは消えていないけど。それでも今はやるしかない。どんな結果になっても。けれど。

 できるなら、やり遂げたい。
 生きて、もっとあなたといたい。
 あなたに求められて、応えたい。

 笑みを残して水木さんが立ち去る。振り向いた。おれはできる限り、微笑んだ。

『待っています』

 自分がどれだけできるかわからない。
 もう一人の自分に、負けてしまうかもしれない。それでも。
 何かしない限り、その先へは進まない。だから。
 信じます。
 あなたが信じたおれを。そして。
 待っています。
 あなたを。
 
 全ての迷いを、怖れを振り切る。
 唇を固く結び、おれは精神集中の印を組んだ。