光さす場所    
by(宰相 連改め)みなひ




ACT5

 自信などない。
 心に不安は溢れかえっている。でも。
 やるしかないのだ。
 任務をやり遂げるほかに、おれが水木さんといられる方法はない。


 天角の砦は静まり返っていた。
『変わった砦ですね』
 遠話で訊く。ほぼ五年ぶりに使った。うまく使えるか心配だったのだが、きちんと使えてよかった。任務用の波長も、かろうじて覚えていた。
『天角は特別。砦と言うよりは研究所という感じね。規模は小さいけれど、ここでかなりの術や兵器が開発された。もちろん、薬や化学兵器もな』
 水木さんが説明してくれる。兵器。言葉が胸を突いた。ある意味、おれも同じだと思った。
 敵を殲滅するだけの、人ではないケモノ。
『どうしたの?』
 間近に覗きこまれる。曖昧に誤魔化した。さり気なく話題を変える。水木さんの結界に目をやった。
『もともとオレね、適性は水鏡にあるって言われてたのよ。結界を張ることに抵抗がない。実際、小さな頃は無意識に防御結界、張ってたって』
 何でもないことのように、水木さんは言った。無意識に結界を張るなんて、やっぱりこの人は違う。
『そう。でもなーんか、そのまま水鏡になるのも面白くなくてね。御影になったのよ。でも、御影になったらなったで、オレの波長とやり方に合う奴がいなくてねー。で、一人御影水鏡やってたの。ま、そのほうが効率よかったけど』
 思い知らされてしまう。水木さんとおれ。能力が違いすぎるのだ。一人で御影と水鏡していた水木さんと、御影に補欠で宣旨されたおれ。つりあうはずもない。迷惑だったのだ。
『言いな』
 考えを隠そうとするおれに、水木さんは強く命じた。
『どうせオマエのことだから、つまんないこと考えてたんでしょ。白状しな』
 襟首が掴まれた。茶色の瞳が見据える。心の中まで見透かすように。とうとう観念して、おれは口を開いた。
『どーしてそう思うのよ』
 迷惑だったんだじゃないかと言うおれに、水木さんはそう言った。納得できない、という表情。おれは説明しようとした。途中から想いが漏れ出して、説明どころではなかったが。
『会うって、誰よ』
 水木さんが聞き返す。おれは迷った。言ってもいいのだろうか。想いを告げたら、迷惑じゃないだろうか。
『ほら、言え』
『・・・・・あなたです』
 促されて零れた。ずっと心に持ち続けた想い。たった一つの希望だった、水木さんへの想い。
 一度零れてしまったら、もう止まりはしなかった。おれは告げる。待っていたことを。ずっと想い続けたことを。水木さんだけが、心の支えだったことを。

 あなたがいたから。
 あの時、あなたがおれを見つけてくれたから。
 今まで、おれは生きてこられた。
 あなたに会いたかったから・・・・。

『斎・・・・』
 水木さんが見つめてくれる。反らすことなく、まっすぐに。この人は覚えていてくれたのだ。こんな、情けないおれを。そして今、今だけでも一緒にいられる。それだけでよかった。自分にそんな資格などないと、わかっていたけれど。それでも、西亢での日々を生き抜いてよかったのだ。だからもう、これ以上、望んではいけない。
『申し訳ありません。聞き苦しいことを言って・・・・・忘れてください』
 心から謝罪した。目を閉じる。想いを押しつけてしまった。
『ばーか』
 突然、頭をはたかれた。呆然とする。どうしてそう言われるのかわからなかった。拒まれると思っていたのに。
『嬉しかったんでしょ?』
 はい、嬉しかったです。とても。
『会いたかったんでしょ?』
 もちろんです。ずっと会いたかったんです。
『なら、どーしてすぐ諦めるの』
 言われて思考が止まった。言葉は聞こえた。でも、意味が頭の中で理解できない。しばし硬直した。
『オレは、“続き”って言ったよな?』
 はい。忘れもしません。
『それ、まだ終わってないでしょ』
 上手く動かない頭で、必死で考えた。理解しようとする。本当はわかっていたはずなのだが、怖くてそれを認められなかった。 
『オマエはオレと“最後まで”するの。それは任務後のお楽しみなの。わかった?』
 確認されて頷く。かろうじて、まだ一緒にいていい事がわかった。任務後、「最後まで」を経験するまで。じれったそうな顔で、水木さんが見ていた。
『じゃ、お遊びは終わり。これからはお仕事。目、閉じろ。今からオマエをオレの防御結界ン中に入れる』
 言われるままに目を閉じた。口づけられて固まる。口移しで何かが流れ込んできた。口呪だろうか。

 不思議だ。
 水木さんの唇は吸い取ってゆく。
 おれの不安も。怖れも。迷いも。

『オッケー、これでよし。そろそろ中に入るよ。遅れないでね』
 唇を離して、水木さんが言った。おれは了解する。心は落ち着きを取り戻していた。
『んじゃ、いくよん』
 合図が出される。おれも後を負った。任務へと集中してゆく。

 細心の注意を払いながら、水木さんとおれは天角の砦に侵入した。