光さす場所    
by(宰相 連改め)みなひ




ACT4

 その小川には、澄んだ水が流れていた。川底の魚達を確認する。おれは砕破印を組んだ。
 細かな力を調節する。水面に手を翳した。
 ぱんっ。
 小さな衝撃が水面を走る。程なく、数匹の岩魚が浮いてきた。衝撃で気絶している。おれは急いで魚を拾い集めた。
『たい(斎)にーちゃん、つ(す)ごいや!』
 碧い目を顔半分にして言った子供を思いだす。御影の宣旨を受けた為、三年しか一緒にいなかったが。彼もおれと同じ、孤児だった。
『うまいなぁ。おれ、たい(斎)にーちゃんのメチ(メシ)、らいつき(大好き)!』
 屈託なかった笑顔。舌足らずだった口調。その子は和の国には珍しい、金色の髪をしていた。
 彼は桐野碧(きりの へき)といい、その容姿により、人々からいわれのない偏見を受けていた。曰く、金髪に碧い瞳は厄災の徴。伝説の中、和の国に災いをなした者が金髪碧眼の人物だったらしい。まったく、意味のない話なのだが。
 碧、元気だといいけど。藍兄さんがいるから大丈夫かな。
 二つ上の義兄を思いだす。彼は碧を実弟のようにかわいがっていた。人々から嫉まれる碧が、なおさら不憫だったのだろう。
 水木さんも苦労したんだろうな。
 ふと、そう思った。碧があれだけ疎まれたのだ。水木さんの明るい色の髪も、人々に嫌がられたかもしれない。きっとそうだ。
 行かなきゃ。
 水木さんの顔が見たくなった。おれはすばやく岩魚をひとまとめにし、木の上に飛び上がった。


「岩魚か。よく肥えてるじゃん」
 木の枝で一服しながら、水木さんはおれを待っていた。
「ここらは豊かですね。台の国は砂と岩ばかりで、現地調達の食料と言えば、ネズミと砂トカゲでした」
「トカゲね。それは頂けないな」
 水木さんが肩を竦める。どうやら食べた事があるらしい。西亢の砦では時折、砂トカゲを食べた。大抵作戦で待機しているとき、それはおれの主食となった。形式上はおれにも非常食が用意されていたのかもしれない。しかし、それらがおれに届くことはなかった。仕方なく、おれは自分の食べ物を自分で用意しなければならなかった。幸い、そちらの方面の才に長けていた為、食料に困ることはなかったが。
「へえ」
 火術の応用で魚を焼いていると、水木さんが感心したような声をあげた。おれは嬉しくなる。昔、桐野の家で子供たちにやっていたことが、役に立ってよかった。 
「しかし、器用なもんだね。オマエ、加減が利かないとか言っていたけど、オレより微妙なこと出来るじゃない」
 魚をかじりながら水木さんが言う。おれは苦笑した。嬉しいけど、本当は任務で役に立ちたい。こんなことじゃなくて。
 不安。じわじわと押し寄せてくる。任務に直面した時、おれはちゃんと務めを果たせるのだろうか・・・・。
 暴走後、取り抑さえられる時のことが思いだされる。砦の男たちの顔。皆、憎しみと疎ましさで埋められていた。もし、おれが暴走したら・・・・・。
 一瞬、水木さんの顔が浮かんだ。見たことがないはずなのに、それは蔑みの表情をしていた。
 嫌だ。この人にだけは、そんな顔されたくない。嫌われたくないのだ。ならば。
「水木さん、一つだけお願いがあります」
 思い切って言った。まっすぐ見つめる。これだけは言おう。いや、言わなくちゃいけないんだ。
「なによ。えらく真剣なのね。ま、取り敢えず言ってみて」
 目の前の人が苦笑を返す。言わせてくれるのだ。おれは目を閉じ、一礼した。感謝の言葉を告げる。
「水木さん。もしおれが危なくなったら、見捨ててください」
 はっきりと言った。それが、最善の策だと思った。
「おれは・・・・なんとかなると思います。今までもそうだったし。よしんば駄目だったとしても、気にしないでください」
 一気に言い切る。水木さん、どうぞ気にしないでください。もし暴走時のおれに関わったら、水木さん自身が危なくなります。だから・・・。
「いい加減にしろ」
 低く声が響いた。水木さんの声。紡がれた言葉に脅えた。反射的に目を瞑る。水木さん、怒っている?
「オマエ、オレを馬鹿にしてんのか?この水木さんに仲間を見捨てろだと?冗談も大概にしろよ」
 動揺する。冗談じゃないんです。本気です。おれは、本当に危ないんです。
「なら、もっと悪い」
 ぴしりと言われた。更に増す怒りの気。息を詰めた。

 どうしよう。
 どう言えば、わかってもらえるのだろうか。
 おれは、水木さんだけは、傷つけたくないのに。
 
「二度と言うな」
 しばらく沈黙の後、短く断じられた。
「次は大人しく聞いてやらない。わかったら、さっさと食え。夜には天角に入るぞ」
 有無を言わせない言葉。おれには言葉がない。水木さんを説得できるだけの言葉が。真実を言うだけの、勇気もなかった。
 術のないおれは、その場を諦めるしかなかった。ただ、黙々と岩魚を腹に詰め込む。それしか、出来ることがなかった。

 その日の夜、水木さんとおれは天角の砦に着いた。