光さす場所 by(宰相 連改め)みなひ ACT3 御影長の前で誓う。 二人は対だと。「御影」と「水鏡」で一つだと。 それはおれにとって、夢だとしか思えない儀式だった。 「では、二人を正式に対と認める。初任務は後日沙汰があるじゃろう。それまで、二人の息を合わせておくように」 誓いの儀式の後、御影長の飛沫様が宣言した。 「わかった。思いっきり、親交を深めちゃうから〜」 肩が引き寄せられる。水木さんが返事をしていた。 頑張らなくちゃ。 心に思う。そうだ。水木さんに迷惑かけないよう、ちゃんと「御影」にならなくちゃ。自然と肩に力が入った。 「失礼ねー。オレは優しいのよ。苛めたりしないって。もう、相思相愛なんだから。ね?斎」 飛沫様と話していた思い人がこっちを見た。茶色の瞳に覗き込まれる。相思相愛。言葉が頭に焼きついた。本当ですか?おれ、水木さんが好きです。夢見心地で頷いた。 「ともかく、『水鏡』は『御影』の補佐的役割をする。でも、お前達はお前達なりにやればよい。水木は自らの経験を生かして、斎をコントロールするように。斎は水木の言うことを、よく聞くのだぞ」 飛沫様が助言をくださる。おれは神妙にそれを受けた。頑張ろう。何度も思う。やっとまわってきたチャンスなんだ。ちゃんと、ものにしなくちゃ。 御影長の命の後、水木さんとおれは部屋をでた。 「さあて。正式に任命されちゃったし、真面目にお仕事しないとね」 隣の思い人が言う。水木さんとおれは食堂に向かっていた。 「まずはオマエの力を見る。明日から訓練ね」 ついに始まるのだ。失敗は許されない。ましてや暴走なんて。極力自分を抑えて、任務を遂行しなきゃ。水木さんに迷惑かけたくない。 「斎、返事は?」 一生懸命考えていたおれを、水木さんが見ていた。慌てて返事を返す。 「どーしたの?やけに固まってるのね。何か心配なことでもあんの?」 不思議そうな顔が近づいて来た。再び驚く。でも、動けない。水木さんとおれは、しばし見つめ合った。 「怒らないからさ、言ってみな?」 傾げられる小首。ん?という感じに曲げられた唇。間近にそれを見て、何をいえばいいかと狼狽えた。言葉をひねり出す。「御影」として、経験が浅いことを告げた。 「なあんだ、そんなこと気にしてたのー」 明るく思い人は言った。すごい。経験不足は死に直結する問題だと思うのに。水木さんは気にしてないようだった。 「だいじょーぶ!」 迷惑掛けたくないと告げるおれの頭を、水木さんはぐいと引き寄せた。唇が触れる。身体に電流が走った気がした。 「その為にオレがいんのよ。もともとオレ、『御影』だし。キャリアばっちりよ」 優しげな目に見つめられる。水木さん、おれを安心させてくれてるんだ。自分がいるから、大丈夫だって。 五年前もそうだった。混乱して竦んでしまってたおれを、この人は力づけてくれたのだ。 口づけが終った時、おれの不安と緊張は消えていた。さすが水木さんだと思った。 食堂に入った水木さんとおれに、数人の男たちが近寄ってきた。皆、先輩の「御影」や「水鏡」である。 「水木、いいの連れてるじゃねぇか」 「それ、旨かったか?」 男たちは口々に言いたいことを言ってきた。水木さんがうまくあしらってくれる。ちょっと、いやな気がした。 「しっかしこれ、いいよな。目がでかくてさ。おまえ、いくつだ?」 コンコンと頭を小突かれた。緊張に身が強ばる。すぐ後ろに、がっしりした体格の大男が立っていた。 「・・・・・二十一です」 最小限、訊かれたことを答える。関り合いになりたくなかった。こんな感じの男は、西亢の砦にたくさんいたから。そして、奴らにはいい思い出はなかった。 『おい金眼、怒ってもいいんだぜ?』 無抵抗のおれを、男たちはそう言って殴った。それも、生命に危険がない程度に。おれの「暴走」は、任務時のみ許される。平常時に暴走することは、都の桐野家への咎に直結した。おれ自身が罰されるのはいくらでもいい。でも、藍や子供たちにイヤな思いはさせたくなかった。ただ一度、おれを犯そうとした奴がいて、その時は暴走してしまったのだが。 水木さんは「後で」と、言った。 だから、おれの身体は水木さんのものだ。 誰にも自由にさせない。 「なあ、一回でいいからよ。今回は縛らないから。縄映えするとは思うけどよ。我慢するから。な?」 男がおれの肩を抱いた。緊張が限界まで高まる。殺意を感じた。必死で押し隠す。 「だめったら、だーめー!」 水木さんがおれを取り戻した。少し、緊張が弛む。 「これは、オレのなの!それとも剛、オレとやんの?」 「やらねぇ。縛る方ならいいけどよ」 「殺すよ。オレは痛いのやなの。行け」 水木さんが男を追い返していた。おれは必死で耐える。己の中で暴れる、ケモノの感情に。 抑エロ。早ク抑エナケレバ。ココデ『暴走』スルワケニハイカナイ。 「斎、あっち行くよ」 水木さんが呼んだ。食堂の隅へと向かっている。おれは黙って後を追った。 「いくら特殊環境にいたって言っても、その度身構えてたら身体が持たないよ?」 食事を目の前に置きながら、諭すように水木さんが言う。 「もちろんオレが目を光らせてるけど、オマエも早くここに慣れなきゃね」 やっと返事を返し、おれは項垂れた。まったく不甲斐ない。あんなことで揺れてしまうなんて。水木さんを心配させてしまうなんて。 「さ、食べよ。まずは腹ごしらえ。ほら」 食器が押しやられた。言われるまま箸を手に取る。汁椀を持った。 温かい。 言葉が漏れ出していた。水木さんが覗きこんでいる。少し、笑った。 「そうねー。味はイマイチだけど、作り立てなのは嬉しいよね。温かいもの食べると、生きてるって気がしない?」 本当だ。温かいものっていい。身体だけじゃなくて、心まで温かさが染みてくる。心の奥底から、おれを温めてくれるみたいだ。 湯気の上がる汁を、ゆっくりと飲んだ。胃の符から身体が温まってゆく。 「へ?」 拘束されていたことを告げるおれに、水木さんが聞き返した。大きく目が見開かれている。 「・・・・・何やったの?」 訝しげな表情で見つめられる。正直、困った。真実を言ってしまったら、嫌がられるかもしれない。ただでさえ、厄介者なのに。 「ま、人生いろいろあるか。いいじゃん。大切なのは、こ・れ・か・ら」 口を開かないおれに、水木さんは明るく言った。敢えて訊かずにいてくれるのだ。水木さんの思いやり。すごく、嬉しかった。 言葉にしよう。 おれはとても光栄です。あなたと対になれて、嬉しいです。心の底からそう告げた。 水木さんが見つめてくれる。とても、優しい表情で。おれは急に恥ずかしくなった。どうしたらいいかわからず、黙々と食べ物を口に詰め込んだ。 翌日から、「御影」と「水鏡」としての訓練が始まった。 おれは「御影」を務められるよう、必死で水木さんについていった。 |