猛獣使いへの道 
by(宰相 連改め)みなひ




ACT9

 飲んで騒いでパーッとやって。
 それで、気が晴れる予定だった。
 今までは確かにそうだったのだ。
 だけど。


「ほらほらっ、なに寝てんのよ。飲みなさいっ!」
 倒れ伏してる男の襟首を掴み、ガクガクと振った。男は反応しない。完全に、泥酔している。
「もうだめなの〜?根性ナシね」
 ぽいと襟首を離した。がしゃんと音をたてて、男が酒ビンの上に沈む。まわりの者たちが慌てて介抱していた。
「水木ちゃん、皆もう限界よ。そろそろお開きする?」
 隣の閃が、参加費を数えながら言った。アタシはむかりとくる。
「なに言ってんのよ!!次〜っ。水木ちゃんに挑戦する人!」
 右手を振り振り叫んだ。挙手を促す。反応はない。ちっと舌打ちした。
「いないの〜?出てきなさーい!」 
 更に声を張り上げた。やはり、返事はない。
 なによ。こんなもんで潰れて。現役の「御影」も、カタなしじゃない。
 まわりを見渡しながら思った。ごろごろと転がる男たち。皆、酔っぱらって寝込んでいる。
 ふふん。でも、まだまだいくわよっ。
 昨晩遅くから、アタシは自分主催の宴会を始めた。場所は南館の談話室。宴会には、任務のない「対」の殆どが参加した。そして朝。既に半数が酔いつぶれている。
「よーし、大奮発しちゃうからー!景品はズバリ、アタシよー!」
 気前良く宣言した。深くは考えてない。楽しければいい。酔いの回った頭は、なんでも来い状態だった。
「うわー水木。太っ腹ー」
「そうよ。御影ナンバー1の水木ちゃんを欲しい人、この指とーまれっ!」
 ニヤニヤする閃を相手に、調子よくアタシは言い放った。勢いよく手を挙げ、辺りを見回す。入口のすぐ傍に、ぽつりと挙手。
「おーっ、いたいた!こっちいらっしゃーい」
 手を挙げた人物を手招きした。もう一人連れ立って、こっちにやってくる。栗色の髪に焦げ茶の瞳。後ろは黒目に黒い長髪。どこかで、見たような・・・・。
「水木さん!オレ、挑戦します!」
 やたらとでかい声。思いだした。こいつ昨日会った、斎と同期の奴だ。
「勝てば、水木さんくれるんですね」
「流(りゅう)。あくまでお前が勝てば、だ」
「うるさい!海瑠(かいる)は黙ってろ!」
 相変わらずの強気発言。で、また隣に釘を刺されている。
「ね、ね、勝てば水木さん、オレのもんですよね?」
 しつこく確認。いいかげんくどい奴ね。
「そうよー。正真正銘、アンタのもんよ」
 にっこりと笑ってやった。笑顔の後ろで細目になる。ふーん、この水木さんに勝つ、ね。
「じゃ、水木さん。オレの『水鏡』、やってもらいますから」
 自信たっぷり、そいつは宣言した。アタシは笑みを更に濃くする。アンタの「水鏡」だって?ばーか、冗談じゃないよ。アタシの「御影」は、アイツだけなんだから。
「いいわよー。勝てばね、やってあげちゃうわよ〜」
 バキン。
 アタシが言い終わるか終わらないうちに響き渡った。目をやれば、食卓が一台折れている。その前に、酒ビンを抱えた剛。
「水木!」
 ドスの利いた声が飛ぶ。完全に据わった目がアタシを捉えた。あらら、剛の奴。妙に大人しく呑んでると思ったら、すっかり出来上がってるじゃない。
「なーによ」
 腕を組みながら、返事をする。
「てめェ、そいつの『水鏡』、やんのか?」
 ぎろりと斎の同期を睨み、剛が言った。ゴトン。酒ビンが投げられる。ゆらりと立ち上がり、剛がこちらに向かってきた。
「ご、剛ちゃーん。どしたの?飲み過ぎなんじゃない?」
 隣に座っていた閃が、幾分焦った様子で近づいた。歩みを止めるべく相棒の腕をとろうとする。剛は腕を一振り、閃を弾き飛ばした。
「うるせぇ!」
「うわっ、た、剛ちゃん!」
 弾き飛ばされた閃が、くるりと回転して着地する。さすが慣れてるだけあって、身が軽い。 
「答えろ」
 地を這うような、剛の低音。
「やるわよ」
 はっきりと答えた。
「・・・・・何だと」
 剛の殺気が更に高まる。構わず言った。
「あったりまえじゃない。負けたら、『水鏡』でも何でもやるわよ」
「こん畜生!」
 拳が飛んできた。アタシはひらりと身を躱し、剛の懐へと入る。するりと小刀を抜き、剛の首すじにあてた。
「水木!」
 閃が叫ぶ。
「アタシと本気でやろうっての?アンタらしくないわね」
 閃の叫びは無視して、剛を覗きこんだ。剛は首筋の小刀に気も止めず、アタシを睨み返す。
「なら、貰うぞ」
「え?」
「お前がその程度の腹なら、俺があいつを貰う」
 一瞬、何を言ってるのかわからなかった。その程度って?あいつってだれよ。
「・・・・なに言ってんの?」
「斎を、俺のものにすると言った」
 ぼそりと真剣な声音。怒りとむき出しの敵意が、アタシに向けられている。
「斎を、ですってぇ?」
「ああ」
 こくり。剛が頷いた。途端に体中の血が逆流する。これは明確な怒り。斎を奪われることへの。
「そんなことしたら、殺すよ」
「そう思うなら、どうしてあんな顔をさせる」
「え?」
 思わぬ言葉。アタシの殺意は、剛の台詞に掻き消された。あんな顔って、何?
「昨日、任務前の斎に会った」
 アタシの目を見ながら、剛が言った。
「あいつ、ひどく追い詰められた顔しててな。言ったんだよ。自分など、研究所でどっかいじられた方がいいってな」
 斎が、どうしてそんなことを。いじられた方がいい、だって?
「『辛いか』って訊いたらよ。あいつ、笑ったんだ。悲壮な顔でよ。『全然つらくなんてない。水木さんといられるのに』ってな」
 声を忘れるアタシに、剛は言葉を重ねた。呆然とする。あの顔を見ていたから、斎が追い詰められてるのは知っていた。でも、なぜ言えない。「辛い」ぐらい、言ったっていいじゃない。
「それ、実はおれも聞いてたんだよな」
 声に目をやる。閃だった。
「二、三日前だったかな。あいつ、言ってたんだ。水木といるの夢みたいだって。あれだけすごい力持ってんのに、自分はお前と全然つりあわないんだと。そのお前といられるから、あいつにゃ言いたいこともわがままもないんだとさ」
 違うだろ。心の中で思った。言いたいこともわがままも辛いも、ないわけじゃない。あいつが自分に変な枷をかけて、言えなくなってるだけだ。
「あんの、馬鹿・・・・」
「今頃、馬鹿じゃないかもよ。いじられた方がいいって言ってたんだろ?それに、行った先が御影研究所だ。ならもう、お利口に何でも言うこと聞く、ロボットみたいな奴になってるかも」
 ちらりとこちらを見ながら、閃。
「でもよ。それってもう、あの斎じゃないってことじゃねぇのか?」
 ぼそぼそと剛。「ま、そういうことだね」と、閃が答えた。

 ちょっと待て。
 誰に断わりもせず、なに勝手なコトやってんのよ。
 斎は、アタシのオトコなのよ?
 
 ムラムラと湧き起こる怒り。自分に断わりもなく、動こうとしているものへの。自分のオトコに手を出されることへの。
「冗談じゃないわよーーーーっ!!」
 身体が先に動いた。酒ビンを蹴倒し、出口へと向かう。外へ出た。
「斎っ!勝手に改造されちゃったら、許さないからねーーーーっ」
 全力で駆け出す。行き先は決まっていた。御影研究所。あのマッド・サイエンティストどもから、アタシのオトコを取り戻すのよっ!
 全開ブチキレ状態で、アタシは木々を駆けた。