猛獣使いへの道  
by(宰相 連改め)みなひ




ACT3

「遅かったわねー」
 夕刻ちかくになって部屋に戻った斎に、アタシは言った。
「閃が探してたわよ。飛沫ん所、行ったの?」
「・・・はい」
 昼間を思いだして尋ねるアタシに、ぼそりと斎は答えた。強ばったような、固い顔。
「何の話だったのよ」
「いえ。・・・・大したことじゃないです」
「ふーん」
 アタシの問いを曖昧に誤魔化し、相棒はこっちに来た。ぎこちなく、大福の皿を片そうとする。
「お口に、合ったでしょうか」
「そうね。食べてあげたわよ。つぶあんだったけど」
「え・・・」
「アタシはね、大福はこしあんの方がいいのよッ」
 言い終わらないうちにその手を掴んだ。逃さず掴み続ける。がしゃん。斎の手から、皿が転げ落ちた。
「み、水木さん」
「怒るわよ」
 まん丸に開かれた黒眼。見返しながら言った。斎の目に迷いと、脅えが走る。
「あ・・・・あの・・・」
「アンタ、アタシに嘘つくつもり?」
 じっとりと睨み続けた。ますます大きくなる瞳。何か言いたげに戦慄いてる唇。焦れて、ぐいと手を引いた。相棒の身が寝台に沈む。すばやく跨がり、力まかせに唇を塞いだ。
「う、うう・・・・ん!」
 かぶりを振ろうとする頭を、両手で逃がさず抑えつける。固まる奥の舌を、引きずりだして蹂躙した。斎の手が出口を探すように上がる。宙をもがき、アタシの服を握り締めても構わず責め続けた。
「・・・・・ん・・・・」
 しばらくして、諦めたように相棒の力が抜けた。アタシは頃合いを見計らう。
「さあ、これで言う気になった?」
 唇を解放し、自分のオトコに訊いた。斎は目を閉じ、肩で息をしている。
「アンタには無理よ。隠しごとなんて、慣れないことはやめなさい」
 身体を起こして断言するアタシに、斎はおどおどと目を開けた。濡れたような、真っ黒な目。
「すみません。・・・・隠すつもりは、なかったんです」
 ゆっくりと起き上がりながら、斎は言った。ばさり。長めの前髪が、左目を隠す。
「飛沫様とは、暴走の原因と破損した御影宿舎の弁償について話し合っていました」
「弁償、ねえ。確かにあちこち壊してるけど、いいじゃない。アンタ、いっぱい貯金あんでしょ?」
「はい。西亢の砦時代に貯えたものが・・・・」
「そうよね。でも、宿舎の破壊って半分は飛沫の責任じゃないの?管理責任ってやつ」
「・・・・はあ・・・」
 わかったようなわからないような、ぼんやりとした返事を斎は返す。ムカリときた。
「何よ。なんか言いたいの?」
「えっ、いいえ」
 ぶんぶんと相棒は首を振る。けれどアタシは誤魔化されなかった。
「さーい」
「は、はいっ」
「ほら、さっさとお吐き!」
 ぴしりと命令する。数瞬の沈黙の後、斎は諦めたように項垂れた。上目づかいに口を開く。
「その、管理責任、なんですけど・・・・・このままだと、水木さんも管理責任を問われるかもしれないって・・・」
「何ですってーーーー!」
 ぐぐい。思わず相棒の胸ぐらを掴みあげた。どーゆうことよっ。アタシに責任ですって!
「誰が言ったのよッ」
「す、すみません。飛沫様が、おれの『水鏡』であり『対』の年長者である水木さんが、暴走を未然に防ぐべきだと」
「あんの、くそじじぃーー!」
 アタシは殆どヒステリー状態で、斎の身体を振りまくった。
「どーしてアタシが悪いってのよっ!原因もわかんない突発事故みたいなのを、未然に防ぐですってぇ?」
「水木さん、すいません、ごめんなさい」
 ゆらゆら揺れながら、斎が半泣きで謝る。気づいて手を離した。ばふん。相棒の上半身が、再び寝具に沈んだ。
「あーあ、厄介よねぇ〜」
 萎えた気分いっぱいで、ごろりと横になった。斎が隣で、びくびくと覗きこんでいる。
「水木さん・・・」
「どーしてよ」
 不安げな顔を横目に、吐き出した。
「アンタ、どうして暴走するのよ。前は命に関わる危険で、だったんでしょ?」
 ふと湧いた疑問が、口からでていた。
 斎と「対」を組んでから、今まで数回任務はあった。だけどあの時以来、任務中斎は暴走していない。確かに大きな任務ではなかった。けど、立派に危険な任務だった。
「・・・・わかりません」
 絞り出すように、斎は答える。
「いつも抑えようとするんです。でも、急に意識がなくなって・・・」
 悔しそうに震える声。斎はぐっと奥歯を噛み締め、思い切ったように口を開いた。
「水木さん。もし、水木さんが望まれるでしたら、おれ、水木さんと『対』を・・・・」
「黙れ」
 敢えて言葉を遮った。ぎろりと睨み付ける。アンタ、まだそんなこと言ってんの。
「オレを侮辱する気か」
 口調と声音が180度変わったアタシに、斎は口をつぐんだ。俯き、また「すみません」と漏らす。
「他に、飛沫を話したことは?」
「あとは、御影研究所で定期検診を受けるようにと・・・」
「それって、いつものあれ?」
「はい」
 斎は定期的に御影研究所で検診を受けていた。内容は詳しく聞いていないが。
「お腹すいたわ」
 強ばった顔に助け船を出した。言わなきゃ、斎は固まり続けただろう。
「そろそろ食事出てんじゃない?持ってきて」
 いつもの調子に戻ったアタシに、相棒はホッとした顔をした。頷き、部屋を出てゆく。ぱたりと扉が閉まった。
「はぁ〜」
 肺の奥の奥から、長いため息を押し出す。今までのアタシじゃ考えられない言動。面倒なあいつを手放すことなく、振り回され続けている。このままじゃヤバい。頭の中の自分が言ってる。こんな無理した状態では、身体も斎との関係も壊れてしまうかもしれない。
「けーど、どうすればいいのよ〜」
 ゴロゴロと寝具を転がりながら、弱音にも似た言葉を吐いた。これは斎に聞かせられない。聞けば、またくだらないことを言ったり考えたりするから。
「ともかく、明日飛沫に文句言ってやらないとね」
 管理責任を部下に押しつけたままの、甲斐性なしの御影長を思い浮かべながら、アタシは不遜に呟いた。