猛獣使いへの道 
by(宰相 連改め)みなひ




ACT12

「やーっと見つけたわ!」
 ずんずんとこちらに向かいながら、水木さんが言った。
「ちょっと!アンタ、なんかされてないでしょうね!」
 むんずと胸ぐらを掴まれる。ガクガクと揺らされた。
「答えなさい!どうなのよっ」
 矢継ぎ早に訊かれる。でも、混乱した頭に、揺らされてわけのわからなくなった状態では何を言ったらいいのかわからない。
「あーもーいいわよ!ひん剥いてやるっ!」
 返事を返せぬオレに、水木さんはキレてしまった。ビリッ。着ている服が破かれる。
「水木さん!やめてくださいっ!」
 殆どパニック状態になりながら、おれは叫んだ。何を、どうして、こんなところで。破れてしまった服を、必死に押える。
「何言ってんの!アタシはアンタのつま先から、頭のてっぺんまで知ってるのよっ!今さら何恥ずかしがってんのよ!」
 尚も服を奪いとろうとしながら、水木さんが叫ぶ。違います。恥ずかしいとかじゃなくて、まわりに人が、遠矢さんがいるのに。
 半泣きで抗議した。水木さんが周囲を見やる。遠矢さんを見つけた。
「アンタ、斎と何してたのよ」
 じろりと睨みながら、あの人が言った。遠矢さんがさらりと返す。心配なおれをよそに、遠矢さんはぺこりと頭を下げた。踵を返し、建物の方へと歩いて行く。

 よかった。
 これで、遠矢さんに迷惑が掛かることはない。

「いくわよ」
 ホッするおれに向きなおり、水木さんが言った。行くって?どこへですか?
「ほら、何してんのよ」
 ぐいと腕が引かれた。睨む目が怖い。でも、思い切ってどこへ行くか訊いた。
「どこ?どこでもいいのよ。ここで剥がれたいの?」
 イライラと返されてしまう。細かく首を振った。でも、どうして。
「やかましいっ!」
 ぱしんと何かが弾けた。鞭のような声。びくり。身体が震える。
「オレが来いって言ってんだ!ガタガタ言わずに来い!!」
 本気の声に脅えた。水木さん、本当に怒っている。なぜ。疑問は消えない。それでも、引かれる腕にしたがって歩いた。
「入れ!」
 建物に入ってすぐ部屋に押し込まれた。奥に突き飛ばされる。本の山を崩しながら、おれは床に倒れた。舞い立つ埃が目を、気道を襲う。反射的に咳き込んだ。
「脱げ」
 その声に目を見張った。低く、固い声。やっと止まりつつある咳を、飲み込んで見上げた。目の前にあの人の姿。見下ろす瞳。
「さっさと脱げ!」
 言葉の意味を計りかねているおれに、水木さんは再度命じた。厳しい声。おれは唇を結び、立ち上がって衣服に手を掛けた。一つ一つ、着ているものを床に落とす。全裸になった。
「脱ぎました」
 小さく言うおれに、黙って水木さんは近づいてきた。両手が身体を這う。刺激に、びくりと震えてしまった。
 
 どうしてですか。
 なぜ、こんなことを。
 水木さん。

「口を開けろ」
 命じられて口を開けた。あの人が中を調べている。何かを探しているのだろうか。 
「次は、足」
 投げられた言葉に驚く。不安。あなたはおれに何を。その時。
『あなたの側にいる人を、信じてください』
 遠矢さんの声が聞こえた。目の前の人を見つめる。薄茶色の瞳。その奥に、真摯な輝き。

 そうだ。
 信じるのだ。
 水木さんを。

 意を決し、固く目を閉じた。徐々に足を開く。伸ばされた手が、未知の部分に侵入した。
「・・・く・・・」
 奥歯を噛み締め、それに耐えた。苦痛。怖れ。不快感。逃げ出したくなる自分に、何度も言い聞かせる。信じよう、水木さんを信じるのだと。しばらくして。
「よし」
 言葉を共に、そこから指が抜かれた。安堵に力が抜ける。それも束の間。 
 がたん。
 いきなり足を払われた。床に転がる。起き上がろうとして、押え込まれた。伸し掛かるあの人の身体。首を絞める両腕。
「・・・みず・・・きさ・・」
 圧迫に顔を歪めた。逆流する血。出口を求め、頭を駆け巡る。もがくように水木さんの腕を掴んだ。
 ぎりり。
 更にきつく絞めあげられる。必死で目を見開き、おれはあの人を見上げた。
 
 水木さん。
 あなたは、おれに何を求めて・・・・。
 
 「死」を求められているのだろうかと、全身の力を抜こうとした。同時に。
「見せろ」
 低く響いた。
「オマエが斎なら、あれを出せ」
 確かに聞こえた。水木さんが求めている。おれの中にいる、もう一人のおれを。 
「出せ!」
 叫び。身体が波打ち、熱く燃えた。頭が痛い。ずきずきとこめかみを抉られるような感覚。吐き気。響く鼓動。覚えのある、あの感覚。
『あいつだ』
 自覚する。
『あいつが、代わろうとしている』
 すさまじい力が、おれを押しのけようとしている。必死で踏んばった。流されては、いけない。
「くっ」
 水木さんが首から手を離した。もう一人のおれが、あの人の腕を引く。体勢が入れ代わった。
『やめろ』
 オレの手が、水木さんの首を絞める。
『大丈夫だから』
 首を絞められながらも、あの人は笑んでいる。
『おれも、逃げないから』 
 わかった。あの人が求めているもの。それはおれと、もう一人のおれ。
『水木さんを、信じて』
 不意に身体の主導権が戻った。あの人の首から両手を離す。背を丸め、水木さんが咳き込んだ。
「水木さん、水木さんっ、水木さん!」
 何度も呼んだ。背中をさする。水木さんが目を開いた。潤んで充血した褐色の目に、泣き出しそうなおれがいる。
「・・・斎」
 名前が呼ばれた。あの人が微笑んでいる。おれを見つめて。
 込み上げてくるものを抑えながら、おれは水木さんを抱きしめた。