猛獣使いへの道 
by(宰相 連改め)みなひ




ACT13

「斎、茶ぁくれ」
「はい」
「斎、おかわりー」
「はい、ただいま」
「斎ー!こっちの醤油ないぞー」 
「はーい!わかりましたっ」
 男たちに呼ばれ、斎がくるくると働いている。数日前とはうって変わった明るい顔。アタシはそれを横目に、隣の閃に愚痴っていた。
「ってわけでねー、ひどいメにあったのよ」
「なるほど。タイヘンだったわけね。水木ちゃんかわいそ」
 全然同情しているそぶりもなく、茶髪の同僚は言う。茶色の目が、くるりと一回転した。
「本当にねー。金眼がでたときゃ、もう終わりねって思ったわよ」
 湯のみに三分の一程残った、渋茶を一気に飲み干して言う。はぁと息をついた。
「しかし、危なかったよな」
「そうそう」
「飛沫、慌てただろうねぇ。下手したら御影本部のナンバー1の『対』が、二人ともいなくなるところだったんだから」
「へ?」
 思わぬ言葉に目を見張る。アタシはともかく、斎もですって?
「どうしてよ」
 眉を顰めて言った。こんどは閃が、眉を顰めている。
「だってそうでしょ?斎とお前、本気でやったらどっちも無傷ですまないじゃん。それともお前、あっさりやられちゃうつもりだったの?」
 間近で訊かれて考えた。そうねぇ・・・。
「うん」
 答えはすぐにでた。閃が、大きな目を更に大きく開いている。
「水木、よーく考えなよ?いいって、あいつに殺されちゃうことなのよ?」
 同僚には珍しく、真顔で確認する。
「わかってるわよ」
 つるりと答えた。がたり。椅子の音。閃が身体を退いている。
「水木ちゃーん、それって、水木ちゃんのキャラじゃないよ?わかってる?」
 もう勘弁してくれって顔で、閃が尋ねた。むかりとくる。なによ。なんか、失礼ねぇ。
「いーじゃない!斎が斎だったんだから、いーかなって思ったのよ!」
 不愉快丸出しでアタシは叫んだ。しん。食堂全体が静かになる。
「水木さんっ、どうしたんですか!」
 斎が駆け寄ってきた。心配そうにこちらを見ている。
「何でもないわよ」
 ピラピラと手を振りながら言った。でも、黒目がちで大きな目が、何があったか訊いている。
「ホントに何でもないったら。ほら、あっち行きなさいよ」
「わかりました。・・・・・・お茶、おかわり持ってきますね」
 アタシの手元を見たのか、にこりと笑って斎は言った。くるりと踵を返し、台所の奥に消える。隣の閃を見やれば、ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべ、アタシを見ていた。
「気持ち悪いわねぇ」
 怪訝一杯、言ってみる。
「いや、いいもん見ちゃったよ」
 へらりと笑みが返ってきた。意味がわからず、むっとする。
「なんか文句あんの?」
「ない。水木ってさ、結構鈍いのな」
「なんですって--------!」
 がたりと席を立った。「わわっ」と閃が、椅子を飛び退く。一メートル半ほど離れ、防御の構えをとった。
「悪い悪い。今の冗談。それにしてもよかったよな。斎が改造されてなくてさ」
 ニコニコと笑いながら、閃。
「まあね」
 座りながら答えた。真実、よかったと思う。
「ま、これであいつも安心するだろうし、後はいっぱいかわいがっちゃうだけね〜」
「そうよ」
 調子よく答えて首をひねった。アタシが、かわいがる?
「・・・・あれ?やっちゃたんじゃないの?」
 様子に気づいてか、閃が覗き込んできた。
「もしかして・・・まだ?」
 言葉が重ねられる。アタシはピンとこないまま、訝しげな同僚を見つめた。
「何言ってんの?」
「あっちゃー!やってなかったのか。こりゃしくじったな!」
 ぱちんと額に手をやりながら、鳶色の目の同僚は言った。
「剛ちゃんに相手紹介しなくちゃ!おれはてっきり、お前が斎をやっちゃったんだと・・・・・シチュエーションはばっちり、身体検査までしたんでしょ?それで、よく止まったねー」
 感心というよりは半分呆れた口調で言われ、アタシは考えてみた。自分の記憶を反芻する。
「あ----------------っ!」
 力一杯叫んだ。そうだ。チャンスだった。この機に乗じて、斎をやっちゃえばよかったんだ!
「わ---------!アタシのバカ------------っ!」
「水木ちゃーん!いつもならバッチリ、見逃さないじゃない」
「確かめんの夢中だったから、頭になかったのよ--------!」
 頭をぐしゃぐしゃ掻き回した。くやしい。なぜ気づかなかったのか。
「なんてこった----!」
「何が、ですか?」
 訊かれて首を回した。後ろには、小首を傾げた斎がいる。
「な、ななんでもないのよ」
「そうですか?お茶のおかわり、持ってきました」
 ひきつりながら言うアタシに、きょとんとした表情で相棒は言った。お茶と、もう一つ何かを食卓に置く。
「これは・・・」
「朝一番に作りました。水木さん、大福はこしあんがいいって言われてたんで・・・・」
 少し照れながら斎が告げる。白と草色の大福。隣には、ほかほかと湯気たてている緑茶。
「ありがと」
 子犬の目つきで見ている相棒に、アタシはそう言うしかなかった。男たちが斎を呼んでいる。斎は軽く頭を下げ、そちらの方へ歩いていった。
「いや、残念だったね。さ、行くか」
 萎えそうなアタシの隣で、閃がガタリと席を立った。
「どこ行くのよ」
「仕事。西央の砦」
 返ってきた言葉に驚いた。たしか、「対」の相棒は副業でいないはず。
「剛はどうすんのよ」
「いいの。今回はおれ単独任務だから」
 にやりと笑いながら、閃は答えた。言葉を継ぐ。
「実はねー。お前が留守の間、銀生さんが本部に来たのよ」
「何っ!銀生ですってぇ?」
 社銀生。あの憎たらしい面と、間延びした喋り方が頭を巡る。
「うん。銀生さん、御影本部宛の任務、一個持ってったのよ。なんでも、訓練生にやらせるんだって。だから飛沫ちゃん、心配してねー。それで、おれがフォローすることになったの」
 むっつりと黙り込んだ。畜生、何よ。結局いいところ全部、皆にとられてるんじゃない。
「任務報酬もバリ高でねー。それに、『昏』の末裔がらみよ?面白そうでしょ」
「そりゃ、興味津々だわね」
「ま、そういうわけなんだ。じゃね」
 軽く片手を上げて、閃は出口へと向かった。外へと姿が消える。アタシは、呆然とそれを見送った。
「は〜」
 ばたりと食卓に伏せる。ため息がでた。
「ついてない〜」
 バタバタと身悶えする。おいしいものを二つも取り逃がして。まったく、アタシなにやってんのよ。
「水木さん!」
 がっくりとくるアタシに、大音量の声が掛けられた。じとりと目をやる。栗色の髪に同色の瞳。あの流とかいう、斎と同期の御影だ。後ろには、やっぱり黒髪黒眼の水鏡もいる。
「ねえねえ、もう賭けはやんないんすか?」
「うるさいわね。散れ」
 明るくまとわりつくのを、しっしと手を振り追いやった。でも、相手は諦めない。
「水木さん、オレ、何でもいいですよ。飲みくらべでも食べくらべでも。ジャンケンってのもいいなー。なんなら、お手合わせでも!」
 流はべらべらとしゃべりながら、食卓の大福をひょいとつまんだ。ぱくりとかぶりつく。
「ちょっとアンタ!」
「え?」
「それ、アタシの大福なんだからっ!」
 思わず胸ぐらを掴んだ。せっかくの大福なのにっ。それも、こしあん大福なのよ?
「うわった!なんです?大福ひとつで。水木さんケチ〜」
「だまんなさい!よくも斎の大福を・・・・・さあて、どう料理しようかしらねぇ〜!」
 バタバタともがくそいつを、八つ当たり宜しく締めあげる。鼻先近くで言ってやった。やたらと嬉しそうな顔してるけど、細かいことは気にしない。
「水木さん」
 ぼそりと声がした。今絞めあげてる奴の水鏡が、真剣な顔でこちらを見ている。
「何よ。止めても遅いわよ」
「いえ。止めるんじゃなくて、その・・・」
 なら、そこで見てろと返そうと思った、その時。
 がらーん。
 何かが落ちる音と共に、ころころとそれが転がってきた。アタシの足にぶつかって、ぱたりと止まる。思わず、目を見張った。
 給仕盆。
 まさか・・・・。
 ハッと顔を上げる。目の前にはふるふると震える、斎がいた。
「・・・・水木さん・・・」
「や、やあねぇ。誤解だってば・・・」
 パッと流から手を離し、ひきつりながら微笑む。
「こいつがね、アタシの大福とったのよ」
 理由も一応、言ってみた。
「斎の大福、アタシ好きだし〜」
 重ねても一度。でも。
 次の瞬間。相棒の瞳は、煌めく金色になった。

 あーあ。またやっちゃったわよ。

 天を仰いで思う。こうなったら止められない。だけど、止められなくても斎は斎。ならば。
「来なさいよ!」
 半分やけくそで言った。
「いくらアタシでも、ここじゃあイヤなんだから」
 向けられるアイツの視線。まっすぐに見返す。
「さっさと、アンタの寝床に連れておいき!」
 金色の目が大きく開いた。同時に、アタシのオトコが駆けてくる。おとなしく従順で、狂暴で愛しいケダモノが。
 腰が抱かれた。ふわりと身体が浮き上がる。がしりと肩に担ぎ上げられた。

 でもまあ、いっか。 

 景色がすごい速さで変わってゆく。アタシは逆さでそれを眺めながら、心地よい振動に身を任せた。


 猛獣使いへの道は、果てしなく遠く厳しい。
 だけど、まんざら悪くないかも。



〜エピローグ〜

「彼らは行きましたか?」 
 風の吹きわたる中庭で、小さな碑に手を合わせながら老人は言った。背後には、黒髪黒眼の研究員がひかえている。
「はい。資料室に小一時間ほどいたようですが。先程、連れ立って御影宿舎に帰りました」
 困ったような表情で、研究員は報告した。老人はホッと息をつく。後ろを振り返った。
「この度はご無理を言って、すみませんでした」
 ペコリと頭を下げ、老人は告げた。慌てて、黒髪の研究員が駆け寄る。
「どうぞ、お手をお上げください。他ならぬ遠矢様のお申し出です。それに、我々も彼を心配していましたので・・・」
 研究者の言葉に、老人は頭を上げた。ついで、くすりと笑を零す。
「どうかされましたか?」
「いいえ。少し、思いだしたものですから・・・・・報告書に目を通してはいたのですが、ずいぶん威勢のいい相方だったなと思いまして」
 小首を傾げる研究員に、老人は笑んだ表情のまま言った。しわ深い面が、いっそう嬉しそうな顔になる。
「ですが、私は彼の性格を考えると、ああいった方の方がよかったのだと思います」
 穏やかに白髪の老人は告げた。老人の言葉に研究員が頷く。手元のファイルを覗きこんだ。
「如月水木さんは、我々にとっても未知な方です。非常に優秀な術者であり、本当は詳しく調べたいのですが、なかなか本人に協力頂けなくて・・・・資料が不十分で、申し訳ありません」
 苦笑を隠せない研究員に、老人は小さく首を振った。口を開く。
「いいんですよ」
「遠矢様」
「私は彼の存在を知ってからずっと、彼を見守ってきました。暁と同じ瞳の子供達が、誰とどう生きてゆくのかを見届けたくて。しかし、思えば愚かなことでした。彼とその相方が上手くいくかどうかなどと・・・・・それを決めるのは、彼ら自身ですのに」
 老人は俯き、黒い目を閉じた。長くのびた白髪が、背中でさらさらと風に泳いでいる。
「彼らは自分たちの手で築いてゆくでしょう。自分自身とお互いを見つめながら。・・・・・暁と私が、そうであったように」
 再び目を開け、老人は言った。小さな碑を見つめる。懐かしさに満たされる顔。
「あいつに、いい土産話ができました」
 笑んで話す老人の後ろには、真っ青な空が広がっていた。
 研究者も微笑みながら、その小さな碑を見つめる。
 季節は、移り変わろうとしていた。


終わり