猛獣使いへの道 
by(宰相 連改め)みなひ




ACT11

 見つけた。
 研究所の中庭で、やっとアイツを見つけた。
 斎。あんた、アタシの斎でしょうね!


 御影宿舎を出て半日、アタシは全速力で走った。徹夜で酔った身体には、さすがにキツい道程だったけど、そんなことは言ってられなかった。
「どきなさいよ!斎はどこ?」
 御影研究所についてからは、気を頼りに斎を探した。手当たり次第に捕まえて訊く。皆、退いてしまって答えなかった。
「桐野くんなら散歩に行きましたよ。今日は天気がいいから、中庭辺りかな」
 唯一落ちついていた柊という研究員は、にっこり微笑みながら言った。さっそく中庭に向かう。そして、アタシは斎を見つけたのだ。
「やーっと見つけたわ!」
 ズカズカと歩いていった。まんまる、目を見開いた相棒がこちらを見ている。
「ちょっと!アンタ、なんかされてないでしょうね!」
 胸ぐらをむんずと掴んだ。ゆさゆさと揺さぶる。ぱくぱく。金魚みたいに斎が口を開けた。
「な、あっ、み、水木さんっ」
「答えなさい!どうなのよっ」
 更に激しく揺さぶる。斎は揺れてるばかりで、まともに答えられない。ついにキレた。
「あーもーいいわよ!ひん剥いてやるっ!」
 怒りに任せて両腕を開いた。ビリリッ。斎の着ている服が破れる。
「水木さん!やめてくださいっ!」
 破れた服を必死に押えながら、斎が叫んだ。
「何言ってんの!アタシはアンタのつま先から、頭のてっぺんまで知ってるのよっ!今さら何恥ずかしがってんのよ!」
 服を奪いとろうとしながら、アタシも叫びかえす。
「ち、違いますっ。そうじゃなくて人が!遠矢さんがっ」
 半泣きの抗議に気づいて、アタシはまわりを見た。前方2メートルの位置に白髪の老人。困ったように微笑んでいる。

 ちっ、なんだよこのジジィ。
 こいつ、斎になんかしたんじゃないだろな。

「アンタ、斎と何してたのよ」
 思い切りガンを飛ばした。
「少し、世間話をしていました。老人の愚痴を、この方に聞いて頂いてたのですよ」
 にこりと笑顔で返される。ジジィ、本当だろうな。
「それでは、私は用がありますので・・・・・」
 問いただそうかと思う前に、先手の言葉が投げられた。老人がペコリと頭を下げる。踵を返し、建物の方へと歩いて行った。

 逃げたか。
 まあいい。斎に吐かせりゃ済む。

「いくわよ」
 ジジィが消えたのを見計らい、アタシはくるりと斎に向き直った。
「ほら、何してんのよ」
 ぐいと腕を引っ張る。邪魔者はいない。なのに、引かれた腕が抵抗する。じろりと睨んだ。悲壮な顔の斎が、思い切ったように口を開く。
「あの、水木さん。どこへ・・・・」
「どこ?どこでもいいのよ。ここで剥がれたいの?」
 イライラしながら返す。斎が細かく首を振った。
「なら、いくわよ」
「でも、どうして・・・」
「やかましいっ!」
 全開で一喝した。びくり。斎が身体を震わせる。
「オレが来いって言ってんだ!ガタガタ言わずに来い!!」
 本気で命じる。有無は言わせなかった。掴んだままの腕を思い切り引く。そのまま、建物へと歩き出した。
 不安そうな気配。背中に感じる。振り向かなくても、相棒がどんな顔しているかわかっていた。無視して歩き続ける。
『確かめろ』
 頭の中に響いた。
『はやく、はやく確かめるんだ』
 早鐘のように打つ心臓。次々と急きたててくる。頭の中を、閃の言葉がぐるぐる回ってる。そうだ。早く確かめたい。斎が、斎のままか。
「入れ!」
 建物に入ってすぐの扉を開けた。埃と書物のすえたにおい。構わず、斎を中に突き飛ばした。
 バサバサと本の山を崩しながら、相棒が倒れていく。舞い立つ埃。目の端に涙を浮かべながら、斎が咳き込んだ。
 ばたん。 
 扉を閉め、封印と遮蔽、二重の結界を張る。
「脱げ」
 低く命じた。やっと咳の止まった相棒が、驚いた顔で見上げる。戦慄く唇。
「さっさと脱げ!」
 声を荒げたオレに、斎は唇を結んだ。立ち上がり衣服に手を掛ける。意を決したように、着ているものを一つ一つ脱ぎ始めた。程なく、均整の取れた細身の身体が現れる。
「脱ぎました」
 小さく言う斎に、オレは無言で近づいた。手早く身体を調べる。時折斎が身体を震わせたが、構っていられなかった。
「口を開けろ」
 内部を調べる為、斎の口を開けさせる。おどおどと開かれたその中に、脅えた舌が覗いていた。
「次は、足」
 続きの言葉を落とした。口を閉じた斎が、大きく目を見張る。
「・・・水木さん・・・」
 黒い瞳の中に、厳しい顔の自分が見えた。反らさず睨み据える。斎はしばらくおれを見つめた後、キュッと目を閉じ、そろそろと足を開いた。オレは無言で手を伸ばす。もう一つの内部を、探った。
「・・・く・・・」
 噛み締めた奥歯の間から、苦しそうな声が漏れた。固く目を瞑り、斎がそれに耐えている。おそらく、未知のものだろう感覚に。
「よし」
 中を調べ終えたおれは、そこから指を抜いた。足を閉じさせる。斎が、ホッとした顔をした。

 身体に細工はない。
 後は、中身だ。
 
 がたん。
 次にオレは足を払って、斎を床に転がした。斎が起き上がろうとする。許さず、伸し掛かって押え込んだ。両手で首を絞める。
「・・・みず・・・きさ・・」
 目の前の顔が苦痛に歪んだ。逆流した血が肌を染める。斎の手が、オレの腕を掴んだ。更にきつく、絞めあげる。
「・・・・う・・・」 
 斎の爪が肌に突き刺さった。充血した目が、オレを見上げる。
「見せろ」
 低く言葉を落とした。
「オマエが斎なら、あれを出せ」
 心の底から告げる。斎を望んだ。金色の目を持つ、あの斎を。アイツがいるからこそ、斎は斎なのだ。
「出せ!」
 思い切り叫んだ時、押さえ込んだ身体がびくりと揺れた。熱い。斎の体温が、どんどん上がってきている。
 どくん。どくん。どくん。どくん。どくん・・・・・・・・。
 肌を通して、何かがオレに伝わってきた。これは、斎の鼓動。
「・・・うう・・・」
 掴まれた腕が、痺れるような痛みを訴えた。折れそうな力。オレは予感する。もうすぐ、くる。
「くっ」
 ついに斎の首から手を離した。アイツに掴まれていた腕は、全く力が入らない。がたん。掴まれた腕が引かれ、瞬時に体勢が入れ代わった。首に斎の手。今度は、オレが絞められる。
『そうだ』
 変わりゆく相棒の左目に、オレは思った。霞みそうな意識。けれど、顔が笑む。
『それでいいんだ』
 安堵と満足が湧き起こる。そうだ。その目だ。強大な力を持つ、ケモノの金の瞳。オレの知ってる、斎のそれ。
『斎』
 よかったと思った。斎が変わっていなかったことが。オレの斎のままだったことが。とても、うれしいと。
 不意に力が緩んだ。吸いこめた空気に必死で咽せる。まっくらになった視界。ぐるぐると回る目眩いのなかで、誰かの声が聞こえた。
「水木さん、水木さんっ、水木さん!」
 よく聞き慣れた、懐かしい声がする。背中をさする手の感触。温かい。
「大丈夫ですか!おれ、すみませんっ」
 半分霞んでしまっていた両目を、精一杯こらした。見慣れた顔。泣きそうなまゆ毛に、大きく開いた黒眼。
「水木さん、しっかりしてくださいっ。水木さんっ!」
 はっきり見えた目の前には、いつもどおりの斎がいた。
「・・・斎」
 笑んで名前を呼んだ。オレの斎を。 
 斎はくしゃりと顔を歪め、無言でオレを抱きしめた。