光が見つける  
by(宰相 連改め)みなひ




ACT3

 水木さんは「御影」だ。
 それも、一人で「御影」と「水鏡」をこなすトップクラスの人だ。なのに。
 この人は言うのだ。
 おれの「水鏡」をやると。


「みーんなオレがやっちゃってもいいけど、それじゃつまんないでしょ?」
 ばさりと金髪を掻き上げながら、憧れの人は言った。
「『働かざる者、食うべからず』っていうしね」
 水木さんの言うことは正論だ。新入りとはいえ、おれも「御影」のはしくれ。自分の「仕事」をしなくては。他人に庇ってもらってばかりでは、いつまでも独り立ちできない。
「安心して。オレ、結界力には定評あんのよ。本職の『水鏡』もメじゃないんだから」
 自信たっぷりに言う。たしかにそうだろうなと思いながら、おれはぼんやりと目の前の人を見つめていた。
「なによ。信じてないの?」
 水木さんの顔。急接近している。もう何度目かだったけど、やっぱりたじろいた。
「そ、そんなことないです」
「ほんとー?」
 じっとりと不審そうな目。慌てて首を振った。信じてないわけではない。おれが水木さんを信じないはずがなかった。むしろ、おれが信じていないのは、自分自身。
「ふうん。それにしては、浮かない顔よね」
「・・・・すいません」
「また謝る〜」
 呆れたように言われる。けれど謝るしかなかった。どういえばいいのかわからない。自分でも把握できないことを、説明できる自信もなかった。
 意識が戻った時の事を思いだす。あの時、気がつけばおれはあそこに立っていた。たった一人で。それも、外傷一つなく。正直、自分の実力では、とても考えられないことだった。
 誰ガ、アンナコトヲ。
 横たわる死骸の群れ。どれも絶命していた。
 オレガ、ヤッタノカ?
 自問自答する。答えは出て来なかった。手がかりとなるべき記憶がない。人殺しを見た記憶も、人を殺した記憶も。おれの頭の中には、何も残っていなかった。
 違ウヨナ。
 願うように打ち消す。信じたくなかった。自分があれをやったなどと。
 ソウダ。オレガ、ソンナニ強イ筈ガナイ。
 強く思い直した。おれは「補欠」だ。ずば抜けて勝れていたわけではない。攻撃力も防御力も人並み。学び舎にいた時代、成績は中の上くらいだった。能力も性格も自分が「御影」に向くとは思っていなかったから、もともとは藍兄さんと同じ事務方を希望していたのだ。
「ま、初めてだしね。自信ないのはわかるけど、そんな顔してたら上手くいくもんも上手くいかなくなるよ?」
 俯くおれを覗きこむようにして、水木さんは言った。薄茶色の瞳。中に、不安げなおれが映っている。
「オマエさ、もっと自分を信じなさいよ。オマエは『御影』の宣旨を受けた。それは事実。『補欠』だろうが『御影』は『御影』。違うか?」
 諭すような声。そろそろと顔を上げた。困ったような表情とぶつかる。
「まだ信じてない?いいや、教えてやるよ」
「え?」
 何を言ってるかわからない。おそるおそる、聞き返した。
「あの、どういうことでしょうか」
「オマエ、『御影』希望じゃなかったんだって?」
 どうしてそれをこの人が知っているのだろう。そんなことを思いながら、おれは頷いた。
「そのオマエが宣旨を受けた。どうしてだかわかるか?」
「それは・・・・・わかりません」
 素直に答えた。ずっと疑問に思ってはいた。けれど、答えは見いだせなかったのだ。
「何故オマエが選ばれたのか。簡単なこと。オマエの攻撃潜在能力が、ずば抜けた値だったのよ」
 思わず言葉をなくした。攻撃潜在能力。そんなものを、いつ・・・。
「学び舎時代、一度研究所に送られただろ?その時調べたらしい」
「でもっ、なぜ」
 あれは健康診断が目的だと聞いた。血液検査で異常が出て、一時的なものだと説明されたはずだ。
「オマエの資料、見たよ。学び舎の指導員達は疑問視していた。恐ろしく高度な術をとっさに使うかと思えば、ごく簡単な術が不発に終わる。お前の本当の実力を、上の者は計りかねていた。だから、専門機関で精査したのよ。結果、無意識下でのオマエの術発動率は、九割を軽く超えていた。そんなの、現役の『御影』でも出せない。昏一族なみの数値だったのよ」
 今知る真実。でも自分の事を言ってるようには聞こえなかった。それまで自分が考えていた自分とは、あまりにかけ離れた話だったから。
「だが、いくら潜在能力に秀でていたとしても、それが発動するとは限らない。だからオマエは試されたのさ。『御影』の環境の中で、能力を開花させて生き残れるか。『補欠』は周りを納得させるための理由。わかった?」
 首を傾げ、水木さんが尋ねる。頭では理解できた。でも、心がそれを信じられない。
「どうして、おれには何も・・・」
「それを知っていたら、オマエは能力を発動できたのか?」
 ぐっと言葉に詰まった。言い返せない。確かにそうだ。もしそんなことを知らされたのなら、おれは萎縮してしまってただろう。しかし・・・・・。
「混乱すんのは仕方ないだろうけど、あいにく今はそんな場合じゃない。わかるでしょ?」
 動揺を抑えられないままのおれに、水木さんは言った。おれは頷く。
「とにかく。自分が駄目ならさ、オレを信じてよ。細かいことは後。いいな?」
 確認。薄い色の目が覗きこんでいた。おれは唇を結ぶ。そうだ。くよくよ考えるのはやめよう。この人の言うとおり、ゆっくり考えている暇などない。まずはここを脱出しなければ。
「・・・・そうですね」
 意を決して言った。心持ち口元を引き上げる。みるみる、目の前の顔が笑んだ。
「いいコね。そうそう、そのカオがいいよ。ちゃんと笑えるじゃない〜」
 ぱちん。
 おれの額を叩きながら、水木さんは上機嫌で言った。くるりと背を向ける。洞窟の奥へと歩きだした。
「おいで」
 憧れの人が振り向く。おれを呼んだ。
「それじゃ、手っ取り早く作戦教えるから」
 にんまりと笑み。おれは「はい」と答えて、水木さんの後に続いた。


 一刻後。
 水木さんとおれは敵の包囲網を抜けた。
 トラップで薄くなった場所を一点突破したのだ。
 水木さんの結界は高い安定度と強力な防御力を誇り、初めて組んだにも関わらず、おれをぴったりと守り続けてくれた。そのおかげでおれは、落ちついて攻撃に専念することができたのだ。
『もう少しよ。国境を抜けたら、一休みできるから』
 遠話で水木さんが囁く。すごいスピード。全速力で駆けていた。おれは上がってくる息を抑えながら、揺れる金髪を見つめて走った。