光が見つける  
by(宰相 連改め)みなひ




ACT2

「おーい、聞こえてんの?」
 洞穴の入口に手を掛け、金髪の男が呼んでいる。水木さんだ。
「また喉やられてるの?だったら遠話くらい使いなさいよ。それとも耳?」
 すたすたとこちらにやってくる。確かに水木さんの顔だ。でも。
 幻術だろうか。
 一瞬、疑った。だって水木さんは別の任務についているはず。だったらおれの状況も知らないだろうし、ましてや自分の任務をおいてまで、おれを助けに来るはずがない。 
 おれはただの「新入り」で、さらには「補欠で入った御影」だ。
 任務成功率上位を誇る、水木さんが助けに来るはずがない。ならば、罠か。
「ふうん。攻撃結界、張ってるんだ」
 すぐ近くで立ち止まり、水木さんはにやりと笑った。おれは警戒する。結界は解かなかった。
「仕方ないね。んじゃ、いくよ。"三羽の雀は、いずこにいますや?"」
 訊かれて思いだす。それは確認。和の国の特殊任務につくもの同士の合言葉だった。
「"雀など・・・いない"」
 定型の答えを返す。水木さんは合言葉を続けた。
「"されば、鷹は?"」
「"ここに"」
「わかったでしょ?正真正銘、味方。さっさと結界解きなっ!」
 怒鳴られてしまった。慌てて攻撃結界を解く。水木さんが傍にしゃがみ込んだ。

 本当なんだ。
 本当に水木さん、助けに来てくれたんだ。

 思いも寄らない事実に、ただ呆然としてしまう。ぼんやりと目の前の人を見上げた。
「あーらら。こないだより汚くなっちゃったねぇ・・・」
 眉を寄せながら、水木さんが手拭いを取り出した。水筒の水でそれを少し濡らす。おれの顔を拭き出した。
「オレねぇ、かわいいコが汚くなるのってヤなのよ」
 ゴシゴシと力を込めて拭かれる。血糊でべったりだったおれの顔は、手拭いを真っ赤に染めてしまった。
「でもオマエ、結構疑り深いのね」
 意地悪い表情で訊かれる。おれは素直に謝った。何故だか、水木さんがきょとんとした顔をする。
「なに謝ってるの?」
 聞き返されて狼狽えた。おれ、何か変なこと言ったのだろうか。
「あの、おれ、水木さんを疑って・・・・」
「ばーか!」
 ばしん。大きく頭を叩かれた。反応できずに固まる。憧れの人が、面白そうに覗きこんでいた。
「あのねー、ここは敵地なのよ?疑って当たり前じゃない。まあ、そりゃ、本当は気でオレだってわかって欲しかったけど。でも、そのなりじゃそれどころじゃなかったみたいだしね〜」
 言われた言葉は理解できた。でもおれはそれが信じられなくて、何度も頭で反芻していた。
「聞いてる?」
 ずい。水木さんの顔が更に近づく。鼓動が一気には跳ね上がった。
「オレは、新入りにしちゃ上出来だと言ったのよ?」
 にんまり。上機嫌な笑みを浮かべて、目の前の人は言った。

 信じられない。
 水木さんが誉めてくれた。

 次々と起こる夢のような出来事に、おれは戸惑い続けていた。
「任務、辞退しなかったんだ」
 二枚目の手拭いで顔を拭きながら、水木さんが続ける。
「肋骨折れてたんだから、飛沫に言えば任務代わってもらえたのに。それと。あの、つまんない『水鏡』もね」
 困ったような声音。少し迷ったが、おれは正直な気持ちを告げた。あんな奴らに、負けたくなかったと。
「そう。わからなくもないけどね。でも、命は大切にしなきゃ。もったいないでしょ?」
 宥めるように言われ、項垂れた。確かにそうだ。おれは後先も考えず、ただ無気になっていた。なのに、水木さんは助けに来てくれたのだ。
「どうして・・・・・来てくれたんですか?」
 言葉に出して訊いた。正直、わからなかったから。おれはただの新入り。それも、実力は一番下の補欠。しかも、自らこんな事態を招いてしまった愚か者だ。あの時、おとなしく奴らの言うことを聞いていれば、少なくとも敵地に置き去りにされることはなかっただろう。なのに、あなたは何故。
「そうねー。ちょっと面白そうだったから、かな。新入りに好みのタイプのコがいて、様子見てたら『洗礼』に引き出されていて。おとなしそうなそのコが喰われちゃうかなーって見てたら、急に抵抗始めてやられちゃってるし。さらには根を上げずに翌日の任務に出たって言うじゃない。それも、自分を痛めつけていた『水鏡』と一緒によ。どんなコなのか、もっと知りたくなるじゃない?」
「すみません」
 申し訳なくなって謝る。つまりは、水木さんを心配させてしまったのだ。
「どーして謝るかねぇ〜。ま、いいか。オレ、丁度こっちの任務に来てたのよ。そしたら飛沫が探してくれって言うし。オマエ達簡単な任務振られたってのに、二人共帰らないんだもん」
「二人共、ですか?」
 意外な事実に驚く。「水鏡」だった奴は、おれを置いて逃げたはず。おれが戦っている間に、うまく逃げおおせたと思っていた。
 まさか。
 嫌な予感が走る。おれが、やったのだろうか。
「だーいじょーぶ!」
 いきなり言われた。驚く。今おれが思ったこと、水木さんに伝わったのだろうか。
「そんな顔しないの!オマエにはオレがいるでしょ?死んじまった『水鏡』なんて、当てにするんじゃないの」
「えっ」
 水木さん、今なんて言った?おれを置き去りにした「水鏡」。奴が、死んだと?
「あいつねー、国境近くでくたばってたよ。バカだねぇ、人を嵌めたりするから」
「・・・・水木さん・・・・」
 どうしてこの人は知っているのだろうか。おれが、奴にされたことを。
「びっくりしましたって顔、してるねぇ」
 にんまりと水木さんは笑った。おれは目を見開いたまま、憧れの人を見つめる。
「どうして知ってるかって?簡単よ。『御影』と『水鏡』は二人で一対。その片割れが死んでる。死骸も始末されてない。そいつは『水鏡』で、国境近くで死んでいる。これだけネタがあったら分かるよー。ああこいつ、『御影』を裏切ったなって。おまけにその対の『御影』が、任務前日『洗礼』に屈さなかった奴なら尚更ね」
「・・・・そうですか」
「気にしなくていい。『水鏡』はね、『御影』の補佐であり守りなのよ。『対』を解消するか、死ぬまで『御影』を守り続けなければならない。それを自分から放棄する奴は、すでに『水鏡』とは言わないの。自分が何の為に存在するのか、よく考えなかった罰ね」
 一気に言い切った後、水木さんはポンポンとおれの頭を叩いた。死んだ「水鏡」について思うことがないでもなかったが、憧れの人の意見に従うことにした。
「ま、一人『御影水鏡』なーんてやってる、オレの言うことじゃないけどね。さ、かわいくなったよん」
 おれの顔をきれいに拭き終えて、思い人は満足げに笑った。その時、遠くで爆発音が上がった。
「ようし。かかったな」
「トラップですか?」
「そうそう。オマエ、顔も身体もいいけど頭もいいねぇ。ますます気に入っちゃうよ。後は、攻撃力ね」
 うんうんと首肯きながら、水木さんが言う。おれは首を傾げた。
「敵はこっちを包囲している。それは知ってるよな?」
「はい」
「今ので大体の位置がわかった。どこが薄くなったかも。それもわかるな」
「はい。おおよそは」
「賢いからラクだよ。今から、二人で包囲網を突破する。もちろん、攻撃と防御両方やるのよ」
「わかりました。でもおれ、『水鏡』の術は・・・・」
「だから、オマエが『御影』で攻撃するのよ。オレは『水鏡』をやる」
 何のことでもないように、水木さんは宣言した。