光が見つける  
by(宰相 連改め)みなひ




ACT4

 敵の包囲網を抜け、再び和の国へと帰る。
 ほんの数刻前には、半分諦めかけていたのに。
 初めての任務。初めての生還。
 まだ油断はできないけれど、みんな水木さんのおかげだ。
 

「よし。ここらへんで一休みねー」
 木々を渡る足を止め、水木さんが振り向いた。にやりと笑う。すごい。息一つ乱れていない。既に息が乱れ始めていたおれは、未熟な自分に苦笑した。
「どこまでできるか見せてもらってたけど、オマエ、いい感じだったよん」
 上機嫌の笑顔を見せながら、水木さんが近づいてくる。ぽんぽんとおれの頭を叩いた。
「ありがとうございます。おれ、夢中で・・・・。水木さんのおかげです。水木さんが守ってくださったから・・・・」
 精一杯、感謝の言葉を紡ごうとする。感極まってしまった為か、上手く言葉が出てこなかった。
「すみません。水木さんに助けて頂いたなんて。おれ、光栄です」
「オマエねー、また謝ってるよ?」
 必死で紡いだ言葉に、憧れの人は苦笑していた。どうしよう。萎縮してしまいそうになる。でも、何と言ったら伝わるのか分からない。
 するり。不意に腰を抱かれた。右隣に水木さんがいる。
「オマエさ、顔も身体もオレ好みなのよ。頭もいいし。粗削りだけれど、攻撃力もセンスもある。あとは、すぐ謝るその性格だけね」
 片目を瞑り、憧れの人が言う。夢みたいだと思った。
「御影宿舎に帰ったら、礼をもらう」
 甘い囁き。美しい笑み。みとれながら頷いた。どんな礼であるか、おおよそ予測はついていたけれど。この人なら構わないと思った。
「あっちもピッタリだったらさ、『対』、組んじゃおうか」
 囁きが継がれる。ゆっくりと唇が近づいてきた。ドキドキしながら目を閉じる。息が合わさるその時。
『水木!』
 聞き覚えのある声がした。遠話で話しかけている。慌てて目を開けた。
『水木、いたら返事をせい!』
 御影長、飛沫様の声だ。水木さんの結界で同調しているためか、おれにもその遠話は聞こえた。
「何よー、今いい所だったのに〜」
 眉に皺を寄せながら、水木さんが答える。口づけは完全にお預けになった。
『定期連絡ぐらいきちんとせい!それで、斎は見つかったのか?』
「いるよん。ちゃーんと敵地を脱出して、今からお楽しみだったのに。無粋なジジィだねぇ」
『馬鹿者。先に帰還せぬか』
「いいじゃない、ちょっとくらいさー」
 口を尖らせながら、水木さんが返す。子供みたいだと思った。
『もうよい。それより、別件で任務じゃ。先の任務の潜入場所へ、急ぎ戻ってはくれぬか?引き継いだ者が苦戦しておる』
「ええーっ、冗談!」
『そうはいかぬ』
「何よ、そんなにやばいの?わかったわ」
 仕方ないという体で、水木さんが答えた。飛沫様が『頼む』と返す。そこで遠話は途切れた。
「と、言うことなの。悪いけど、先に帰ってて。ここからだと、大丈夫でしょ?」
 首を傾げて訊かれる。頷きを返した。
「残念ねー」
 再び腰が抱かれた。頬に水木さんの手。すこし冷たい手。
「すぐに帰るから。これは予約料」
 唇が触れた。滑り込んでくる舌。浅く深く、口づけてくる。頭がぼうっとしてくるのがわかった。おれは今、水木さんと・・・・。
「後で、ね」
 顔を離して水木さんが囁く。おれはただ、頷くだけだった。
「じゃ。気をつけて帰るのよ」
 言い捨て、ひらりと飛び上がった。右手を上げ、みるみる間に姿が遠くなる。あっという間に消えた。おれはただ呆然と、それを見送るだけだった。
 なんか、嵐みたいだったな。
 今さらながらに思う。突然やって来ておれを助けてくれて。突然去ってしまった憧れの人。まだ実感が湧かないけれど、「後で」の言葉を信じよう。あの、痺れるような口づけも。
 大きく深呼吸し、おれは御影宿舎へと走り出した。




「と、いういきさつです。水木さん、覚えてましたか?」 
 後ろを振り向いて訊いた。背中合わせで寝ていた情人が、びくりと肩を震わせる。
「や、やあねぇ。覚えてたわよ」
 ひきつりきった声。この分だと、やっぱり忘れてたな。「対」となってから数ヶ月。今までの苦い経験から、おれは確信してしまった。ひっそり、ため息をこぼす。
「結局、その後の任務でおれは暴走してしまって・・・・。結果、御影研究所で検査の後、西亢の砦に送られることになりました」
 よく生き抜いたと思う。あれからもうすぐ六年。西亢での日々を経て、おれは今、憧れだった人の隣にいる。
「ま、経過はどうあれ、今こうしてるんだからいいわよね〜」
 くるりと身体を返し、水木さんは言った。首に腕を回してくる。
「ね、そうでしょ?」
 覗きこむ瞳。薄茶色の。あの頃も今も、それは変わらない。たとえ、明らかに誤魔化しにかかってきているとしても。
「さ、い」
 誘う声音。これはこの人の作戦。もうそれ以上、おれに追求されない為の。上手く逸らかせてしまう為の手段。わかっている。
 ちょっとずるいよな。
 心の片隅ではそう思わなくもない。でも、この人にも槐の国で傷を負うという理由があったのだし、たぶんこれでいいのだと思う。過去を振り返っても仕方がないから。
「・・・そうですね」
 緩く笑んで答えた。目の前の人が微笑み返す。きっと、心の中では助かったとか思っているはずだ。
「水木さんが、いるから・・・」
 言葉と共に抱きしめた。おれの愛しい人を。逃げられないように。
「ください」
 そっと囁く。おれは今、水木さんが欲しい。振り向いてしまわないように。前だけを向いてるあなたが。
「駄目ですか?」
 上目づかいに問えば、金色に縁どられた顔が、困ったような笑みを浮かべていた。
「バカね。そんなの、決まってるでしょ?」
 いつもの言葉。おれはにっこりと笑み、白い肌に口づけた。

 あなたはおれを見つけてくれた。
 これからも見つけてくれるのだろう。
 おれさえも知らない、新しいおれを。
 未来を見つめる、その目で。


終わり