| あなたは見つけてくれた。 薄暗い所に落ちて、ただ埋まってゆくだけだったおれを。 確かに、確かに見つけてくれたのだ。 光が見つける by(宰相 連改め)みなひ ACT1 「そういうの、なーんかイヤなのよね」 遠巻きに声が聞こえた。手足はもう動かないし、身体はくの時に曲がってしまっている。口元は切れて痛いし、殴られすぎたのか目は霞んでよく見えない。でも耳は健在で、その人の声がよく聞こえた。 「何だよ水木。新入りの『洗礼』くらい、珍しくないだろ?」 男たちの一人が言った。傲慢な遊び。複数でしかやれない卑怯者の遊び。反吐が出た。 「『洗礼』にもいろいろあるでしょ?かわいい子なんだから、それなりに方法選んでよね」 憮然と言い返した。張りのある声。水木さんの声。おれの憧れの人の声だった。 「けっ、それがどうしたよ。こいつ、『御影』補欠でここに来たんだぜ?できそこないじゃねぇかよ。だから、できそこないはできそこないらしく、違う方法でかわいがってやろうとしてたんだよ。なのに、抵抗しやがった」 あの行為が嫌だったんじゃない。御影宿舎に配属された時から、ある程度予測はしていた。噂も聞いていたし、仕方ないと覚悟もしていた。だけど、奴らは侮辱したのだ。おれの育て親である、桐野玄舟を。 『ほら、自分でこっちにこいよ。慣れてるよな?死んだ義父様も、楽しませてたんだろう?』 その言葉を聞いた時、従う意志は消し飛んだ。力一杯、抵抗する。当然、寄ってたかってねじ伏せられてしまった。 「補欠だろうが『御影』には変わりないでしょー?肝っ玉小さいねぇ。抵抗?見所あるじゃない。ムキになってるお前達が小者なのよ」 呆れ返ったように言った。男たちに殺気が走る。伝えたかった。危ないです。おれのことはいいですから、放って行って下さいと。 「オレ、見目キレイな子が汚くなるのって許せないのよねー」 おれの心配を余所に、水木さんは更に煽った。その場の空気が張り詰めてゆく。何とかしなければ。身を起こそうとした。 「お、こいつしぶてーな。まだ伸びてなかったのか」 「かまわねぇ。もう一発入れとけ」 男たちが口々に言う。睨み返そうと顔をあげた。その時。 「ストーップ!そのコ明日任務でしょ?飛沫から聞いてんのよ。お前達それと知ってて、戦力落としたってことよね?」 水木さんが訊いた。男たちの間の空気が変わる。『まずい』と。そう感じられた。 「水木、おまえ飛沫にバラすのかよ」 「さあ。お前達のしっぽは他にも掴んでるしねぇ」 「てめえ、やんのかよ」 男たちが脅しをかける。 「いいじゃない?」 高らかに水木さんは言った。意表をつかれて男たちが怯む。憧れの人は続けた。 「ひっさびさに模擬戦できるんだ〜。いいよ、オレはいつでもやるよん」 自信に満ちた声。そこに漂う冷気が、その人の実力を語っていた。 沈黙が流れる。水木さんと男たちは睨み合っていた。 「くだらねぇ。俺は降りるからな」 男の一人がその場を去った。それを見計らい、次々と他の男が去ってゆく。ついに、首謀者だったおれの「水鏡」のみが残った。 「どうする?」 畳み掛けるように、水木さんが言う。男が舌打ちした。 「行きゃあいいんだろう?水木、覚えてろよ」 捨て台詞を残して、男が遠ざかってゆく。足音が消えた。 「ばーか。忘れるに決まってるでしょ」 ぼそりと水木さんが呟く。くるりと向きを変え、こちらに歩いてきた。目の前に屈み込み、ぺたぺたと何ヶ所か身体に触る。ため息を一つついた。 「やっぱりー。声を封じられてたのね」 右手をおれの喉に当て、左で印を素早く組んだ。ぴしん。喉にかけられていた術が解ける。 「・・・・水木、さん」 まだ上手く声のでない喉で言う。目の前の人がにんまりと笑った。 「オマエ、一月前来た新入りでしょ?結構、根性あるじゃない」 「ありがとう・・・・ございます」 「医療棟は知ってる?肋骨1、2本やられてるから、はやく手当てに行きな。わかった?」 こっくりと頷いて応える。水木さんがにっこりと笑った。 「いい子だ。しっかり固定しておくのよ」 そう言って水木さんはおれから離れた。おれは何とか立ち上がろうと試みながら、水木さんの後ろ姿を見ていた。 想像もしていなかったことだった。 一ヶ月前、普通職を目指していたおれは、突然「御影」の宣旨を受けた。それも、未だ且つてない補欠と言う形で。 どうして自分が選ばれたのかわからない。成績も飛び抜けていい方ではなかったし、攻撃能力に長けているとも思えなかった。もちろん、望んでいたわけではない。しかし、辞退できない事情があった。 おれが「御影」の宣旨を受ける二年前、育て親である桐野玄舟が亡くなった。既に財団を作っていたとはいえ、義父の抜けた穴は大きかった。経済的な意味も含めて。 「御影」は高収入な配属場所だった。危険度が他の部所と比較にならないから、当然と言えば当然なのだが。 「たい(斎)兄ちゃん、いっちゃやら(だ)」 桐野の家を去る時、泣きながらそう言った義弟もいたが、背に腹は変えられなかった。「御影」になれば、より高い収入が得られる。そうすれば、より多く桐野の家に仕送りできる。すこしでも家計の足しになれば。そんな気持ちでおれはここに来た。 御影宿舎。 そこでおれは、水木さんに出会った。 明るい色の髪と瞳。挑戦的な表情。張りのある、少し高めの声。 全てがおれを惹きつけた。いつも人々の中にいる人。明るく全てを照らす人。光のようだと思った。 そんな水木さんが、おれを助けてくれた。 ただの気まぐれかもしれない。 けれど、とても嬉しかった。 次の日、おれは任務へと向かった。 水木さんの言うとおり、肋骨には二本ヒビが入っていた。しっかりと胸帯で固定する。ケガで任務を放棄する。それだけはしたくなかった。 桐野玄舟は役立たずを育てる。 そう言わせるわけにはいかなかった。都の桐野家に迷惑をかける。そんなことは出来ない。だから、敢えて任務に出た。 そして・・・・。 何かあったのかわからなかった。 気がつけば累々たる死骸の中に、全身血まみれのおれがいた。 恐怖。混乱。 必死でそこから逃げた。何処へ逃げたらいいかもわからなかったが、とにかく身を隠せる場所を探した。 オレハドウナッタ? 誰ガアンナ事ヲシタ? 身体に外傷はなかった。任務前に受けた、肋骨の痛み以外は。 全身につけられていた血も、全部自分のものではない。つまり返り血なのだと気付いた。 ドウシテ? 何故? 疑問は尽きずに湧いてくる。でも、それに答える者はいなかった。敵はおれの前で全滅していたし、味方はおれを置いて逃げてしまった。否。最初からおれを見捨てるつもりだったのだ。 「あばよ。役たたずの補欠。さっさとくたばっちまいな」 おれの「水鏡」であるはずの男は、敵地のまん中でそう言い捨てた。昨日の腹いせだったのだ。 初任務。 任務の段取りもわからない。相手の戦力さえも。学び舎でこなしてきた模擬戦など、実戦の比較にはならない。「水鏡」さえいないおれには、必要最低限の防御さえなかった。みるみるうちに敵に取り囲まれ、追い詰められた時、おれの中で何かが弾けた。 記憶は抜け落ちている。やっと意識を取り戻した時、自分の理解以上の状況がそこにあった。 オレガヤッタノダロウカ。 不安は募ってゆく。それでも、今は逃げるしかできなかった。 どれだけ走ったか把握できなくなる頃、小さな洞穴を見つけた。 切り立った崖の中程にある洞穴。上からは丁度死角になっており、ここなら見つかりにくいと思われた。 精一杯の攻撃結界を張り、穴の奥でうずくまる。すぐに眠気が襲ってきた。 眠ッテハイケナイ。 自分に言い聞かせる。じっと身体を休めていた。新しい追っ手が掛かるのは時間の問題だったが、身体と心を休める必要があった。 眠ッタラ、終ワリダ。 必死で睡魔を追い払う。既に、限界を超えていた。 ふっと意識が遠のきそうになった時、その人の声が聞こえた。 「なーんだ。こんなところにいたの〜」 聞き覚えのある声。 「生きてたら返事くらい、しなさいってー」 水木さんの声だった。 |