『アタシ』への道   by(宰相 連改め)みなひ




ACT8

 南側の牢に着いたオレは、牢番達を始末し源宇達を解放した。斎に合図を送る。程無くして。地響きと共に、爆発音が轟いた。一気に砦内がザワめき立つ。
『木は粉砕しました。水木さん、逃げてください!』
 斎からの遠話。どうやら目的は達成したらしい。やったじゃん。あとで、ほめてあげなくちゃ。
 そう思いながら、オレは源宇達を促した。途中、数人の警護兵は始末したが、あとは順調に脱出路を確保することができた。
 いい感じ。上手く攪乱してるねぇ。
 源宇とオレは協力して、脱出路を切り開いていった。途中追っ手が掛かるだろうと予測していたのだが、幸い、砦にその余裕はないようだった。
「お前の仲間、やるな。あそこで攪乱してるんだろ?」
 砦から少し離れた所で振り向き、源宇が言った。天角の砦には炎が上がっている。次々と響く爆発音。もともと爆発物も多く保持していたとは思うが、見える炎の量は半端ではなかった。
 なんか、多いな。
 何故だかそう思った。いくら攪乱とはいえ、たった一人の術者の力で、あれだけの炎が上がるだろうか。それはまるで、通例の通り、「御影」が3人かかってやっているような光景に見える。
 いやな感じがするけど、気のせいだよな。
 頭を掠めるものを振り払い、オレは源宇達を急がせた。槐の国までたどり着けばいい。たしか、源宇の仲間がこっちに向かっているはずだから。
「ここまででいい」
 槐の国に入った所で、源宇はオレに言った。
「相棒が心配なんだろ?サンキュ。恩に着るぜ」
 見透かされていた事に舌打ちする。イヤだねぇ。この水木さんが。
「借金チャラの件、忘れないでよ」
 仕返しにしっかりと念押しする。源宇は苦笑して、「もちろん」と返した。
「またね」
「ああ。天坐にもまた来いよ。英泉さまが会いたがってる」
 英泉とは、天坐の砦の長の息子だ。
「じゃ!」
 片手を挙げ、オレは身体を返した。木に飛び上がり、全力で駆け出す。斎が気になった。
 間に合ってくれ。
 心の中で念じる。自分でもおかしいと思った。あいつだって「御影」だ。「御影」の宣旨を受けるだけの、能力を持っているのだ。どんな任務についていたかは知らないが、それでも五年、あいつは生き抜いてきたのだ。けれど。
 どうしてだろう。この胸騒ぎは。どんどん大きくなってゆく。黒煙。血の臭い。無数の火の粉。天角の砦から、それらのものが漂ってきていた。凄まじい気。砦に近づくにつれ、それが色濃くなってくる。
 大した長がいなかったのか、砦は全く分別を失っていた。研究者らしき者や警護の者たち。様々な服装の者たちが砦から逃げてくる。そいつらを掻き分け、あるいは始末しながらオレは進んだ。もうすぐだ。もうすぐ、砦に着く。
「斎!」
 砦の中に飛び込んだ。辺りは炎に包まれている。防御結界を重ね、炎を防ぐ。斎の気を探した。砦に着くまで何度も遠話を試みたが、斎からの応答はなかった。
「うっ」
 砦の中は、凶々しい気に満ちていた。憎悪。殺意。破壊。加えて次々と襲ってくる炎。熱で息ができない。
「斎!聞こえたら返事しろ!」
 叫びながら走った。返事はない。
 やはり、何かが起こっている。
 本能的に感じた。内部を駆け巡って確信する。これは、攪乱じゃない。
 ただ攪乱するだけならば、武器庫など最小限の力で効果をあげられるポイントを狙う。でないと、自分もうまく逃げられなくなるからだ。しかし、砦の様子は違った。まるで、無差別に破壊攻撃を受けたような状態。一体、何があったのだろうか。
 やばい。
 どす黒い気が圧倒してくる。こんな所に長くいたら、精神がもたない。印を更に重ねて、結界を強化した。
 ズ、ズズッ、ズ・・・・。
 外壁が、天井が。じりじりと悲鳴をあげている。まずいな。そう長くはもたない。もうすぐ、砦が崩れる。
『待っています』
 あいつの声が聞こえた。あの時、斎は微笑んでいたのだ。とても、嬉しそうな顔で。
 斎は命を張って、オレの事情を優先してくれた。あいつは「御影」に戻って、間もなかったのに。ずっと西亢の砦にいて、宗の砦の知識などなかっただろうに。
「くそっ!」
 印を組み直した。集中する。どこだ。オレと同じ結界の波長を探せ。斎は、オレの結界の中にいる。
「・・・・・あそこか」
 僅かなそれを感知した。何故だろう。ひどく分かりにくくて、何かに被われている。凄まじい、他を圧倒するもの。これは何。人の気なのか?
「いるのか?斎!」
 立ち籠める煙と炎を掻き分け、その場所にたどり着いた。不鮮明な視界の中、必死に目をこらす。遠くに人影。いた!
「おい!大丈夫か!」
 声を掛ける。もっとよく見ようと近づいていった。見覚えのある後ろ姿。
「斎!」
 振り向いたその人物を見て、言葉を無くした。
 黒い髪。ボロボロだけど、御影の装束。

 それは、確かに斎だった。
 斎の姿をしていた。
 炎の中、金色に光る、両眼以外は。