『アタシ』への道 by(宰相 連改め)みなひ
ACT7
源宇は槐の国に起こっていた、何者かによる人狩りを調査していた。
『最初はそう目立たなかった。人さらいなんてこのご時勢、珍しくないからな。だが、あんまり継続的に起こるからよ、おかしいって上からお達しが来たんだ』
『で、おまえが出ないといけなくなったのねー』
『そうだよ。もっと下っ端でもいいと思ったんだけどな、馮夷(ふうい)に賭けで負けてね。で、調べ始めたと。まあ、だいたい予想はついてたんだけどさ。やっぱり、ここに連れて来られたんだよな』
肩を竦めて源宇は言った。馮夷とは源宇と同じく槐の国の術者で、天坐の砦にいる。無愛想で、お付き合いは勘弁って奴だった。
『なるほど。賭けって相変わらずねー。いい加減、懲りなきゃ駄目なんじゃない?』
『無理だぜ。人生、楽しみは必要だからよ』
皮肉を込めた言葉は、即答で返された。仕方ないか。その気持ち、とーってもよくわかるし。
『それで?こんな雑魚ばっかり集めて、やっこさんたち何企んでるの?』
『肥料さ』
『はあ?』
『肥料だよ。あいつら、なんか得体の知れない木を育ててるみたいだぜ』
イヤそうな顔で告げる。なんとなく察しはついた。そういう物があるのなら、きっちりと破壊してしまわなければ。でないと、被害は和の国まで及ぶだろう。
『で?おまえは何しに来たんだよ』
『こっちも秘密って言いたいけど、情報料の代わりね。オレ達は、それを破壊しに来たの』
『なるほど。そりゃ、渡りに船だねぇ』
源宇が目を見張る。
『場所は知ってる?』
『いや。砦の地下で北側だってことは、わかっている』
北側か。ということは、斎が見つけてるかもしれないねぇ。そう思っていた時。
『水木さん』
斎だった。いいタイミングだね。オマエ、いいコだよ。
『何?なんか見つかった?』
『はい。こちらに来てもらえますか?気になる木を見つけたものですから。北側の一番奥です。岩肌がむき出しになってるから、わかるかと思います』
『オーケー。そこで待機ね』
返事して目をやった。源宇が見つめている。
『仲間か?』
『そう。木を見つけたみたい』
『早いな。始末するのか?』
『たぶんね。とにかく確認しないと。オレは行くけど、おまえはどうする?』
源宇ほどの術者なら、このくらいの牢、わけないはずだ。
『ご一緒したい所だけどな。この鎖、丈夫でね。印が組めないから力も戻らなくてよ』
『あらま。それでよく潜入したねぇ』
呆れて言った。博打だねぇ。ま、この男ならやりそうか。
『明日には馮夷の出した助っ人が着く予定だったんだよ』
バツが悪そうに返した。ここで貸しを作ってもいいかと思っていたが、不要なことならしないほうがいい。
『そう。なら、置いて行っていい?』
『冗談。おまえのことだ。どうせ、派手にやんだろ?とばっちりくらうのはやだね』
へろりと言う。いい読みしてるね。さすがだよ。んじゃ、こちらも。
『決まりね。なら、これで今までの借りはチャラよ』
『カーッ、踏み倒しかよ。いくらあると思ってんだ』
『ふふ。知らないよーん』
にたりと笑って返すオレに、源宇が頭を抱えた。こりゃ、思わぬ所で得しちゃったねぇ。
『木を確認したら戻ってくる。待っててね』
そう告げてオレは走り出した。源宇がぴらぴらと手を振る。踵を返して、北側へと進んだ。
狭い通路を、奥へ奥へと進んでゆく。斎の言ってた岩肌が、見えた時。
「!」
凄まじい気に息を飲んだ。前方に広間のような空間がある。オレは更に進んだ。幹のようなものが見えて。あれだ。
その木は、日の当たらぬ地下に生えていた。
『初めてこれを見た時、震えがきました』
隣の斎が言う。蒼い顔。無理もない、これほどの気を浴びせられては。
『凶々しいとは、こういうもののことを言うのね』
それは、一本の若木だった。無数の符を吊るされ、幹にいくつもの呪印が刻まれている。根元とその周囲の土は赤黒く変色し、夥しい血の臭いをさせていた。一ヶ所だけ、小さな花が咲いている。その木が吸い取ってきたであろう、血色の花が。
うわ、強烈。
立ち籠める気に目眩いがした。糧になった者の念までも、若木は吸い取り成長しているようだった。
『木の周りに防御結界が張ってあります。それと封印結界も。でも、それでも中にあるものが少しずつ、漏れ出して来ています。この結界を破った時が・・・・・恐ろしいです』
『そうね。でも、これを破らないと破壊は出来ない。結界自体は大したことないみたいだから、いけそうね』
『・・・・・そうですね』
悲壮な顔で、斎が頷く。怖れのためか、身体が細かく震えている。
『怖いの?なら、オレがやるけど?』
あまりの強ばった様子に、助け船を出してしまった。でも。
『いいえ。俺がやります。・・・・・やらせてください』
はっきりと斎は言った。固く口元を結んでいる。大丈夫だと思った。
『わかった。じゃあ、頼む』
『はい』
本当は危ない賭けだ。オレはまだ、こいつの本当の実力を知らない。だけど、ここまでやられちゃ、信じるしかない。
『実はオレ、ヤボ用ができちゃったのよ』
『どうされたんですか?』
『捕虜にね、昔世話になった奴がいたの。借りは返さなきゃね』
『逃がすなら、陽動がいりますね』
斎は何やら考え込んでいた。意を決したのか、大きく息を吸い込む。口を開いた。
『おれがこの木を破壊して騒ぎを起こします。その隙に、水木さんはその方と逃げてください』
『オマエは?』
『ここを攪乱して、時間を稼ぎます』
一瞬、迷った。斎に陽動させるとなると、別行動を取ることになる。斎は『御影』としての経験が浅い。それに、どんな任務をこなしていたのかも不明だ。
『水木さん』
強い声で呼ばれた。驚いて目を向ける。真っ直ぐな視線が向けられていた。
『おれは・・・・おれは、本当に大丈夫なんです。だから、今はあなたのやるべきことを優先してください。おれも任務はきっちり果たします。どうか、お願いします』
ひたむきな瞳。それを見た時オレの心は決まった。手招きして斎を呼ぶ。左手で手印を組み、斎の額に印を書いた。これでよし。
『増幅印を施した』
『えっ』
『オレの気を借りて、オマエの力は増幅される』
『あの、でも・・・』
戸惑った斎の表情。何よ。当たり前でしょ。オレは、オマエの『水鏡』なんだから。
『斎!』
ぴしりと呼んだ。びくりと斎の身体が揺れる。
『いいか?オレが帰ってくるまで、生きていること。これは命令。わかった?』
『だけど、帰ってくるのは危険です。せめて、どこかに落ち合って・・・・』
『まだそんなこと言ってるの?ぶつよ』
『す、すみませんっ』
斎が慌てて謝る。そうそう、いいコでいるのよ。出来るだけ早く帰ってくるから。
不安そうな顔をこちらに引き寄せた。口づける。食いしばった歯列を開かせて、奥の斎を引き出した。しっかりと内部を味わう。堪能して、唇を離した。
『破壊の合図はこちらでする。言いつけ、守るのよ』
『はい』
返事を返した斎の顔は、落ち着きを取り戻していた。そう。それでいい。
『忘れるな。オレとオマエは、まだイイコトしてないんだから』
斎が無言で頷く。微笑みを返して駆け出した。少し行って振り向く。
『待っています』
そう言った斎の顔は、微かに微笑んでいた。
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