『アタシ』への道 by(宰相 連改め)みなひ
ACT5
暗闇の中、夜目で辺りを窺う。天角の砦は静まり返っていた。
『変わった砦ですね』
斎が訊く。遠話も完璧だ。この波長なら、宗の奴らに感ずかれることもないだろう。
『天角は特別。砦と言うよりは研究所という感じね。規模は小さいけれど、ここでかなりの術や兵器が開発された。もちろん、薬や化学兵器もな』
『兵器、ですか・・・』
呟くように斎が言った。固い声。
『どうしたの?』
『いえ、何でもないです。それより、すごいですね』
さり気なく話題を変えてきた。敢えてそれにのってやる。
『何が?』
『水木さんですよ。この遮蔽結界。すごく安定している。これだけの安定度、水鏡専門の人だって難しいです』
『あ−りがと。それ、飛沫に聞かせたいよ』
しかめっ面をしているだろう、長の顔を思い浮かべながら返した。本当。オレってこんなにスゴイのにさ。たまには笑顔で賞賛しろって。
『もともとオレね、適性は水鏡にあるって言われてたのよ。結界を張ることに抵抗がない。実際、小さな頃は無意識に防御結界、張ってたって』
『無意識、ですか』
『そう。でもなーんか、そのまま水鏡になるのも面白くなくてね。御影になったのよ。でも、御影になったらなったで、オレの波長とやり方に合う奴がいなくてねー。で、一人御影水鏡やってたの。ま、そのほうが効率よかったけど』
『・・・・・そうだったんですか』
ぽつりと言って、斎は黙り込んでしまった。沈黙が流れる。なんだか、落ちつかない気になった。
『おい』
『すみません、考え事してて・・・・・』
暗い表情。またこいつ、変なこと考えてるな。
『言いな』
『えっ』
『どうせオマエのことだから、つまんないこと考えてたんでしょ。白状しな』
ぐい。襟首を掴んで言った。目の前に黒い目。僅かな光でも艶やかに輝く。斎はしばらく目を見開いていたけど、言いにくそうに口を開いた。
『その、迷惑だったんじゃないかと思っていました』
やっぱり。
『どーしてそう思うのよ』
『言われている通り、水木さんは一人で御影も水鏡もこなせます。だから、わざわざおれの水鏡になるなんて、おかしいと思っていました。でも、あの時。西亢の砦で、おれを御影に戻してくれるという人が現れた時、おれは彼の話に飛びついてしまった。そんなに、うまくいくはずがないのに。御影に戻ったら、会えるかもしれないって思ってしまったから・・・・』
『会うって、誰よ』
聞き返した。斎の目が泳ぐ。何よこいつ。誰に会いたいのよ。
『ほら、言え』
『・・・・・あなたです』
消え入るような声で、斎は言った。俯いて言葉を継ぐ。
『笑われるかもしれないけど、あの後、おれずっと待っていました。水木さんが会いに来てくれるんじゃないかって。けれど、あなたはあれ以来、御影宿舎に帰ってこなかった。おれもその後の任務で不祥事起こしちゃって、西亢の砦に送られました』
細かく震える身体。何があったのだろうか。それに。待っていた、だって?
『水木さん、あの頃から手練れで有名でした。いつもみんなの中心にいたし。新米の、それもぎりぎり補欠で御影になったおれなんて、見向きもされないだろうと思っていたんです。だけど、あなたはおれを助けてくれた』
斎が顔を上げる。漆黒がオレを捕らえた。
『ずっと、ずっと想っていました。任務の恐さも、鎖に繋がれる苦痛も、一人の寂しさも。全部あなたを思えば耐えられた。もう一度、会いたかったから・・・・・』
『斎・・・・』
『御影に戻ってから、毎日が夢みたいでした。水木さん、おれのこと覚えていてくれてたし。一緒にいられて、嬉しかった。おれなんか、そんな資格ないってわかっていたけど』
潤む瞳。泣きそうに歪んだ顔。戸惑ってしまうほど、ひたむきな心。
胸に何かが湧いてくる。こんなにまっすぐな想いを向けられたのは、初めてだった。
『申し訳ありません。聞き苦しいことを言って・・・・・忘れてください』
そう告げて、斎が目を閉じた。項垂れる。反省した顔で。
『ばーか』
ぱしん。頭をはたいて言った。斎があっけに取られている。
『嬉しかったんでしょ?』
『・・・・はい』
『会いたかったんでしょ?』
『はい』
『なら、どーしてすぐ諦めるの』
言いながら覗きこんだ。斎は固まっている。まだ、意味がわからないのか。まったく。勝手に自己完結するからよ。
『オレは、“続き”って言ったよな?』
『はい』
『それ、まだ終わってないでしょ』
『・・・・・・』
斎はまだ固まっている。目だけが細かく動いて。一生懸命、把握しようとしているらしい。オレは畳み掛けるように言った。
『オマエはオレと“最後まで”するの。それは任務後のお楽しみなの。わかった?』
『は、はい』
狐に摘ままれた様な顔で、斎が頷いた。本当、わかってるのかねぇ。
『じゃ、お遊びは終わり。これからはお仕事。目、閉じろ。今からオマエをオレの防御結界ン中に入れる』
閉じられた目を確認して、オレは印を組んだ。口呪を口の中に溜める。力の入る肩を掴んで、口移しで流し込んだ。
『オッケー、これでよし。そろそろ中に入るよ。遅れないでね』
『わかりました』
『んじゃ、いくよん』
合図と共に、オレは走り出した。斎が後を追ってくる。闇の中へと紛れ、オレ達は天角へと侵入した
さあて。
早くお仕事済まさないとね。
あいつは心配性だから、すぐに逃げちゃいそうだもの。
さっさと片づけて、しっかりきっちりヤッちゃわないと。
ヤッちゃって、教えてあげないとね。
オマエは、オレのよって。
普段とは別の意味で意気込みながら、オレは任務を遂行し始めた。
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