『アタシ』への道
   by(宰相 連改め)みなひ




ACT4

「でも。初任務にしちゃ、でかいのがきたねぇ」
 木の枝で一服しながら、オレは一人ごちた。任務内容を反復する。今回オレ達に与えられたのは、天角の砦への潜入と新兵器の確認。そして、その破壊を行なうことだった。兵器が見つからない場合は、可能な限り天角にダメージを与えなくてはいけないらしい。確かに天角は砦と言うには小規模過ぎる。どちらかというと、研究所に近い施設だ。それでもこれは普通、少なくとも三組六人程度でやるレベルの内容だった。
 いっくらオレがいるとはいえ、買いかぶり過ぎなんじゃないの?
 苦笑しながら遠くに目をやる。すぐ近くに、天峰連山が見えた。天角の砦はその先。
「お待たせしました」
 隣の木に斎が現れた。うまく気配も消せている。手には、いくつかの果実と岩魚が下げられていた。
「岩魚か。よく肥えてるじゃん」
「ここらは豊かですね。台の国は砂と岩ばかりで、現地調達の食料と言えば、ネズミと砂トカゲでした」
「トカゲね。それは頂けないな」
 肩を竦めて言った。トカゲにはいやな思い出がある。小さな頃、それはオレの主食だったから。
 和の国から東は黒髪に黒い目の者が多い。反対に、西側は金髪や茶髪に薄い色の瞳をもつ者が多い。中には朱髪の者もいた。更にもっと北側の地になると、金髪はさらに薄い色調になり、銀髪の人間もいるらしい。
 そんな中、鮮やかな蜜色の髪に茶色い瞳を持つオレは、明らかに西側の血が混じっていた。おかげで、この位置にくるまでいろいろと苦労した。けれど。
 それをすり抜けるだけの器用さも、合わせて持っていたらしい。
「魚、焼きますね」
「火を熾すの?」
「まさか。火術を使います」
 果実をオレに手渡し、斎は片手で印を組んだ。右手がぼんやりと赤くなる。斎はそれを岩魚に翳した。
「へえ」
 思わず声が出た。岩魚はこんがりと焼けてゆく。程なく、お互い二匹ずつの焼き魚が出来あがった。それに携帯の主食と先程の果実も添えて、任務中にしては豪華な食事が出来上がった。 
「しかし、器用なもんだね。オマエ、加減が利かないとか言っていたけど、オレより微妙なこと出来るじゃない」
 魚をかじりながら言った。斎が苦笑する。何よ。誉めてやったんだけど?
「・・・・・こういうことだけです」
 ぽとりと言葉が落ちた。オレは首を傾げる。オマエ、どうしてそんな顔するの?
「おれ、孤児だったから・・・・。引き取られた家には、おれみたいな子供がいっぱいいました。そいつらの面倒見ている間に、細かい術の調節は自然と出来るようになりました。でも、任務はそれとは根本的に違います。動かす気も。使う炎も。おれ自身も」
 固い顔。追い詰められたような表情をする。まるで、自分自身を怖れているかのような。
「水木さん、一つだけお願いがあります」
 思い切ったように斎が言った。真摯な目。オレにまっすぐ注がれる。
「なによ。えらく真剣なのね。ま、取り敢えず言ってみて」
 苦笑して返すオレに、斎は目を閉じて一礼した。ゆっくりと口を開く。
「すみません、ありがとうございます。でも、これだけは言わせてください」
「はいはい。それで?」
「水木さん。もしおれが危なくなったら、見捨ててください」
 しっかりした口調。言葉に迷いはなかった。
「おれは・・・・なんとかなると思います。今までもそうだったし。よしんば駄目だったとしても、気にしないでください」
「いい加減にしろ」
 低く唸った。びくり。子供が怒られた時のように、斎が目を瞑る。
「オマエ、オレを馬鹿にしてんのか?この水木さんに仲間を見捨てろだと?冗談も大概にしろよ」
「冗談なんかじゃないです。おれは、本気で・・・・」
「なら、もっと悪い」
 目を開けて言った相棒に、オレはぴしりとたたみかけた。斎がぐっと息を詰まらせる。沈黙が流れた。
「二度と言うな」
「水木さん」
「次は大人しく聞いてやらない。わかったら、さっさと食え。夜には天角に入るぞ」
 そう告げて、オレは残りの岩魚を平らげた。斎はそれきり黙り込み、黙々と口を動かしていた。
 
 よっぽど辛い目に合ってるようだな。

 こいつの過去に、どんなことがあったのかは知らない。無理に知ろうとも思わない。でも、これだけはわかる。斎は本気だ。本気で自分を見捨ててくれと言ったのだ。それが最善の方法だと。迷わず、そうしてくれと。
 長年こんな仕事をしていると、時々そういう奴に出くわす。自分を犠牲にしろと言う奴に。
 しかし、それは大抵虚勢だ。本当は見捨てて欲しくない。仲間が自分を棄てないことを、確認する為にそういうのだ。だけど、斎は違った。
 ほーんと、馬鹿がつくほどお人よしだね。だけど、水木さんの実力、過小評価してるよ。
 「御影」になってから今まで、幾多の死線を越えてきた。波長の合う「水鏡」が見つからなくて、殆ど一人で全てをこなしてきた。それだけ積み上げてきたものの上に、オレは存在している。
 やっとうまくいけそうな奴に出会えたのに、むざむざ見殺しにするわけないじゃん。それに、まだ美味しく頂いてないんだから。
 この任務をやり遂げて、オレは必ずこいつを食う。自分仕様に教えこんで、たっくさんかわいがっちゃうから。
 ちょーっと水木さん、燃えちゃうよ。
 目の前のオイシイ人参を見つめながら、オレは決意を固めていた。

 その日の夜、オレ達は天角の砦に着いた。